あおい世界
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2009年05月28日(木) 父の病−二人きりの3時間。 

今朝は桜と桃が体調を崩してしまい、実家へ寄れなかったので、
(このことは明日記します)
母に父の様子をメールで聞いたら返ってきた内容。

昨夕、トシとトシコさん来て夕食する。
父、ほとんど食べられない。
熱8度5分、座薬入れ、程なく5度7分。
すごい汗、ききすぎ?
一応安心して寝たけど、今朝9度4分、座薬入れる。
熱は下がっても、その為のエネルギーの消耗が汗として出されるのか?
体力減退、トイレ行くのがつらい。



午後は会社を早退し実家へ。
母が病院の予約診察日になっていたので、
あたしが父といるから行ってきて欲しいと頼んで、
行ってもらうことにしました。
母だって心臓に爆弾を抱えているんだし、
毎日父の死と向き合っているのだからストレスはマックスなはず。
あたしの申し出に少し考えた末、承諾してくれたのでした。

母とバトンタッチしたのはちょうど昼食の時間。
父は時間を掛けながら、梅紫蘇の粥、ジュンサイの味噌汁、
温泉卵、ヤクルト、アボカド、牛乳、お茶をほぼ完食。
今朝の座薬が効いていたおかげで朝食も結構食べられたんだそうです。

ふと、二階の屋根の上に干してあるのが靴下などが、
飛ばされているのではと言うので、あたしが見に行ったら、
案の定、母のホームカバーが一足だけひらりと飛んでいました。
拾える場所だったので、他のと一緒に室内に取り込んだことを報告したら、
父は自分の買ったばかりのソックスのことが気になったらしく、
タンスを見に行き、数を調べて納得したものの、
それでも屋根の上が気になったらしく、二階に行き、屋根にまで上がり、
なんと、ぎりぎり縁の方まで行き、下を覗こうとしたりしたので、
そばにいるあたしは気が気ではありませんでした。

その後、菊の芽付けをすると言い出したので、
あたしが土などの重いものを庭先から玄関へ運び、
次に何をするのか、
何が必要なのかと会話しながら過ごしました。
基本的に放っておけば、
父は何でも自分で運んだりする気でいますが、
これどこに運ぶの? これも持っていくの?
と聞いてからすると、
あたしにもやらせてくれます。
乾いた土を深さ4センチにし、如雨露で湿らせるという作業。
湿らせた後、しばらく馴染ませる必要があるらしく、
庭を歩き回ったり、庭の外側に行き雑草を抜いてみたり、
咲き残っていた芍薬を手折ったりしてトイレに飾るように言ったり。
大体1時間くらい庭で過ごしてから、二人でコーヒータイム。

兄貴が持ってきたコーヒーメーカーで淹れ、
父のは砂糖を入れ、倍に薄めたものを差し出したら、
ゆっくりですがカップ1杯飲み干しました。
今日は水分もきちんと摂れる日のようです。
庭に出ている間、
額や鼻が汗ばんでいたので熱を測ったら35度台。
まだ座薬が効いているのかな。

コーヒーを飲んだ後は、ソファで昼寝。
いびきもかいていたのに、
本人が言った通りきっちり15分で起き、
その後テレビを見ながら新聞を読み、
またまた土いじりを始めました。
今度は玄関内で作業をし始めたので、あたしは掃除機かけ。
廊下や父の書斎をかけている最中、母が帰宅。


ほんの3時間だけでしたが、
父と二人きりで過ごした時間は宝物になりそうです。
今まで父の土いじりを手伝うことなんてありませんでしたが、
庭や家を眺めている父を見て、
余命を知った今、どんな風に毎日を過ごしているのだろうと、
胸が熱く熱くなってしまいました。
菊の芽付けをしていても、花が咲くのを父が見れるのだろうか、
見たいという思いを強く持って、少しでも命を延ばして欲しい。

母は定期健診である循環器科の他、歯科も受診(初診)。
下の前歯の歯茎が化膿してしまい、
痛くて、食べるのもひどかったんですって。
次回の予約は1ヵ月後。
また来月、今日と同じような時間を過ごせますように。


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あおい雪  DiaryINDEXpastwillMAIL

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