sasakiの日記
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2002年02月11日(月) あとのまつり

 
       あとのまつり

 街の上を静かに  時間が流れてる
 街の上を静かに  平和が流れてる
 いつも  頭の上をかすめ飛び
 窓ガラス叩き戸を打つということはない
 街は時に嫌われる
 街は平和に嫌われる 
 めまぐるしく変わる生活に足をすくわれる

 
 僕たちの家の向かいがヤクザの家だった。
 表の看板には何タラ神農会と書かれているから所謂テキ屋だと思う。
 身内はそれほど多くはなく、普段はひっそりと暮らしているようだ。ただ、普通の家と違うのは昼日中からどんぶりに転がるサイコロの音が聞こえてくることだった。
 ちりちりん。
 ちんちろちちりん。
 
 二軒は縦に並んで立っていた。
 僕らの家の玄関前に向かいの縁側がある状態になっていて、出入りの時には必ず開け放たれた縁側越しにその光景が見えることになってしまう。
 店が始まった頃一度、若い衆がバットを持って挨拶に来たことがあったので、友好的な関係を築くまでにはまだ至っていない。
 
 僕らは静内ではかなり浮いた存在だったと思う。インチキ臭い支配人とヒッピーまがいのボンズ、もう1人は髪を長くのばした歌唄い。
 向こうが少しくらい偏見を持ったとしても、あまり抗議できる筋合いではなかった。
 
 「先生?キャッチボールしに行く海岸に、いつも散歩している女いるじゃない?
知ってる?」
 聡も一緒になってこの呼び方をする。
 「ああ、いつも白いワンピースの淋しそうな子。ちょっと変わってるよな。一人きりで海を見てる。気づいてた」
 「あのこ、ほら、隣の家の娘。」
 「うそ?」
 「いや、ほんと。金子の兄さんが言ってた。箱入りだって。」
 「ヤクザの娘で箱入りか?なんかそそられるなあ。」
 「先生みたいな冒険家が何人か昔いて、みんなオヤジに追いかけ回され遭難したらしいよ。」
 「うそ?」
 「ほんと。」
 
 多分25,6だろう。いつも白のワンピースで波打ち際を歩いている。
 そこの空間だけ音が途切れたような感じを持たせる女だった。
 海鳥の鳴き声も、波の音も何も聞こえてこない空間。
 うわさ話でしか語られることのない女。
 尾鰭端鰭がついた女。
 僕らよりも遙かに人生を考えて、そして遙かに何もないところに行ってしまったように感じさせる存在だった。
 僕の頭の中には今でもその音のない風景がある。
  
 家の玄関前の通路が大根畑に変わったのはそれからすぐだった。ものの見事にその狭い通路が掘り起こされ、畑に変わってしまっていた。
 はじめは状況がよく飲み込めず、その掘り起こされた道を通ろうとしたら、縁側で爪を切っていた親分が、
 「おい、おまえ、そこは畑なんだよ。今朝大根を植えたから踏むなよ。」
 「はあ?」
 「はあ?じゃねえよ。大根畑。
  お前、もしかして大根知らないのか?」
 「はああ。」
 「そんなわけだから今日からここは通行禁止。」
 僕らは一切の抵抗を見せることなく自分たちの玄関を見捨てた。 


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