1日雑記

2002年04月06日(土) 無駄

あれは、確か風邪気味のときの話しだったろうか。

病は気から、ともいうが気持ちの上でも負けていた。
(というより、病気という逃げの口実を維持したかったのだろう)
それだけではないだろうが、体がだるく
いつものように歩きたくなかった。
いつもは早足で移動する路線の乗り換え。
帰り道だったのでのんびりと歩いた。
ゆっくり、ゆっくりと。

普段なら耐えられなかっただろう。
そう、例えば…いつもシャワーで終らせる人は居ないだろうか?
たまに湯船につかると、さほど時間がたたないうちに上がってしまう。
そんな経験はないだろうか?
普段では耐えられない(もしくは無意識的に拒絶する)行為を
行ったわけだ。

まぁその結果がそのときにもたらすことといえば、
せいぜいいつも乗っている電車に乗り遅れるとかその程度。
早く帰ってすることもないのであせる必要もなかった。

どんどん後ろから来る人に抜かされる。
(習慣的に出口に一番近い車両に乗ったため
 出るのだけは早かった)
そんな人たちを見ていると非常に「はやい」なぁ、と。
生きることを急くというのは
死に向かって急くということと同義なのだろうか?

結局のところ、普段はその波に飲まれながらの生活。
例えば…一生懸命に働いて気付けば―――なんてことを聞く。
一生懸命に生きること重要だけど、大切ではあるけれど
その所為で時間を感じることが出来ないのは不幸じゃないかな、と。

…少し違うか。感じることが出来ないのではなく
自分の中に存在した時間として記憶できる…体感的に。
そんな時間が絶対的に少ないことが、か。

時間は有限でありのんびり歩くことは時間を無駄にしている。
ゆっくり歩くことに何ら意義はない。
ならばもっと意義のあることに時間を費やせるように急く。


さて問題です

急くことは意味のある時間を作るための行為でしょうか?






あのときのんびりと歩いたことはあまりにも印象的だった。
とても大切な時間い思えた、今考えても。それだけ。


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