| 2001年12月06日(木) |
どちらかというと創造側でありたい、と |
やっぱり美学はいいです。 興味のあるところは。 最近は文学のほうもすこし。 韻やらなんやらについて前に書いたことあるけど そういう系統のこともしっかりと文芸というジャンルの中で 考えられてて。 おおむね間違った考えでもなかった。 いや、俺の考えを文芸的な考えに則したときに。
でもまぁ…正直なところ、 もっと奇抜な理論の上に成り立っていてくれたほうが 俺としては楽しいのだが。 いくらかは興味深い話もあったのだが。 たとえば評論の話。 ここでは文芸だけど。 ある人の作品を手掛かりとして、 自分の意見をいうような評論がおおい、と。 で、あぁなるほどなぁって。 評論そのものの性質を考えるなら、ね。 いいたいことがあるなら自分で作品を書け、 そういう立場らしいです。 かなり納得。 俺はこういう考えをしたことがなかったから。 評論のことについて少し考えたことはあったけど。
でも、もっとこう、俺なんかでは考えられないような それでいて説得力のあるような考えを紹介してほしかった。 良くも悪くも予想を裏切ってくれないんだよね。 大きくは。
んー…世の中、2つに分けると 創造する人間と 受動する人間に分かれるんじゃないかと。 多くの人は創造する人間であり、 また、多くの人は受動する側の人間であると。 まぁ立場が違えば、ってやつ。 文章を書く人は書いているときは創造する人間として、 立場変わって絵画を見に行けば受動する人。
美学の内容は受動する側の人間の意見なんだよ。 創造したもの、ないしは創造している人を 解析する感じ。 個人的には創造しているときのほうが楽しいから。 当初の予定では 美学=創造する側の講義 の予定で受講したんだけど。 残念ながら美学というのは受動する側の理論でした。
ま、それはそれで考えることができて楽しめるが。 ちょっと期待はずれだったな。
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