なんといいますか、ときどき映画の監督や 小説家などを評するのに 「キサイ」と表されることがある。 …いまカタカナ表記したのは「鬼才」と「奇才」 二つの変換があったからなのだが。 まぁ…世間一般、鬼才のほうかな? どちらも卓越した能力みたいな意味合いなんですが。
何故天才ではないのか? と言う疑問なんです。 人を誉めるにあたって、天才といったような言葉は もはや陳腐ですらないんですよね。
俺のもつ天才、鬼才のイメージとしては 天才は完全無欠で鬼才は大半の部分において 何かが欠落しているが ただ一つの点においては常人をはるかに凌駕している…みたいな。
まぁ…芸術家にたいする偏見から言うと いろんな部分が欠落しているっていうか、どっか変わってるって言うか。 実際はそんなことも無いんだろうけど。
とりあえず、そういった面で天才よりも鬼才のほうが 一部分においては飛びぬけてる、というイメージがつきやすいのかなぁ?
あとは露語がかっこいい。いや、純粋に。
そして、天才そのものは天賦の才というイメージもつきやすいわけで… 「99%の努力と〜」は有名だけどね。 それでもイメージとして。 苦労によって創られたものを天賦の才で片付けるのは もしかして失礼に値するのだろうか?
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