昨日の梨の話で思い出したことがある。 おれは小学生時代、無気力な現在とは違いとても好奇心旺盛であった。 イタズラばかりして担任の先生に注意されることも多かった。
ある日、おれは先生に呼び出された。詳細は忘れたが、 教室内の何かが壊れてしまいいつも教室内ではしゃいでいた おれが疑われたのである。おれは全く身に覚えが無く濡れ衣であった。
その後、おれではない別のクラスメイトが誤って壊してしまっていた ことが判明した。おれの疑いは晴れたわけである。
「冤罪だ!不当に拘束された!」
と、おれはゴネてみせた。
しかし、そんなおれをたしなめるように先生はこうおっしゃった。
「もり君、『梨下に冠を正さず』という言葉の意味分かる?」
その後、おれは辞書を引いてその言葉の意味を調べた。 梨の木の下で冠を外すようなことをすれば、梨泥棒と間違われてしまう。 つまり、疑われるような行動はするなということである。 常日頃の軽率な行動を改めなさい、というメッセージだったのである。
先生からのありがたいメッセージの真意を知りおれは思ったのである。
「濡れ衣着せられた上に、なぜか諭されてるよ! 冤罪だ!謝罪だ!誠意見せろー!」
…そしてその少年はその後もいらんことばかりしていたそうな。
|