カフェの住人...

 

 

第十八話 〜未来から来た天使〜 - 2003年12月30日(火)



天使かどうだったかは

ただの私の思いの中だけであるのは知っている。



それでも、淡く、ほのかなあたたかさだけを残し

姿を見せなくなる住人もいるのは本当で

なんだか不思議な気持ちが、こうして私の胸にだけあるのだ。







もう数ヶ月も前の事だ。

背が高くて若い男性が、ふらり訪れた。

一人で大人しく、ご飯を食べている。

なにか喋りかけても、小さくてのんびりとした口調で一言二言答えるだけ。

シャイな雰囲気をかもし出している。





実は仕立てのいい、白いシャツの前ボタンを多めに開け

ジーンズを穿いていた。

何か持っているものも質のいいものらしく、さり気無い飾り方も知っているらしい。

やんちゃな上品さとでも言おうか

少し中性的魅力と相まって

人を惹きつける。



いつの間にか他の住人達も、ひそひそと彼の噂を始めた。







もう何日も連続で、ただ来ては食事をする日が続いた。



あれは何日目だっただろう。

その日はたまたま、誰もいない時間にいつものように訪れた。

すると、おそるおそる彼がカウンターに近寄ってくると



「・・・いいです・・か?」



と、はにかみながら言うとカウンターのイスに座った。

それでも、ほとんど口を開くこともないので

私もまた、沈黙を味わいながら

いつものドリンクを作り、黙って差し出した。





そのうち少しずつ、少しずつ

ぽろりぽろりと口を開き始めた。



話をしているうちに、彼のあまりにも少年の様な考え方に驚いた。

なんだか私は、ついついお姉さん気分になり

彼があどけない顔をして話を聞くのをいいことに、色々と言い出していた。



翌日



「僕、あんまりお喋り得意じゃないんですけど

 よかったらこれでも見ませんか・・・?」



図書館で借りてきたという、世界の不思議な植物が載っている図鑑を取り出した。

それは、なんとも意表を突くきっかけであり、且つ

興味をそそる本であった。

私はその不思議な彼の世界に

すっかり入り込むという抵抗感が失せてしまった。





けれど、何度か話していると

あれほど幼いと思っていたのだが

実は、特殊なバイクに乗りレースに出てみたり

楽器をこなしていたり、次から次へとビックリ箱のごとく

色々なものが飛び出してきた。



なんだか、すっかりお姉さん気分でいた自分を他の住人にも見透かされ

相手の方が上手だったのだと

気がついたものだった。





ある日は、こんな事を聞いてきた。



「桃を貰ったんだけど、あんまり甘くないんです・・・

 どうしたら美味しく食べれる?」



もちろん私は張り切って美味しくなるレシピを教えた。

ところが、翌日



「やっぱり、僕できないからあげます」



と言って、一箱もの桃を差し出してきた。

代わりに私が、桃のコンポート入りゼリーを作ってあげた。

もちろん、翌日訪れた彼は



「わぁ、おいしい・・・」



と、ほなかな笑顔を見せてくれたものだった。









そして・・・

その日以来、彼は姿を見せなくなった。





気まぐれに旅にでも出たのかとのんびり待っていたが

数ヶ月経った今も

姿は見ない。





たった一ヶ月の間の出来事。



近所に住んでいると言っていたけれど

今となっては、気配をすら感じない。

彼は本当に実在していたのかどうかも、信じられない気持ちになってきた。





そういえば、こんな事があった。



そう、桃を貰った前日

名前を聞いた。



相変わらず、はにかみながら


「僕、○○っていうんです。変わってるでしょう?」


私は一瞬止まってしまった。

その名前は、私にとって、とても意味ある名前だったのだ。



それは、私のパートナーが


『将来子供ができたら、○○っていう名前をつけたいなぁ』


そんな変わった名前は他ではあまり聞いた事がなかった。

だから、彼の名前を聞いた時

なんとも言えない気持ちになったのだ。







そんな事を思い出してみたら

笑ってしまうような話を思いついた。



‘あの彼は私の子供だったのかもしれない・・・’





でも、そう考えると

なんだか納得がいく自分がいた。



時間の歪み?



未来と現在が一瞬すれ違う。



タイムマシンででも来たのだろうか?






不思議な彼だったから、こんなおとぎ話もいいでしょう?



「ここだったら、そんな事あってもおかしくないかもしれないね。」



そう、住人達も言ってくれた。







だから、私はまた一人

天使が訪れたのだと思ってる。







いつか自分の子供が大きくなった時のために


あの天使の顔を覚えておこうと



私は胸の中で思ったのだった。









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