カフェの住人...

 

 

第十三話 〜人気者はピアニスト〜 - 2003年10月05日(日)


この住家は意表を放した人が多くいる。

その中でもとびっきりの人がいた。

誰でも一度会ったら彼を忘れる事はないだろう。


かなり前からその彼はここへ足を運んでいたにもかかわらず

随分長い間、ろくに話もせずにいた。

ある日、たまたまその彼が私の目の前に座り

そして、‘ピアニスト’ だと初めて知った。


それまでほとんど話をした事が無いというのに、

「丁度今夜ライブがあるんです」

というのを聞くと、何故だかとても興味が沸いたのを覚えている。



それが始まり。

今や、この住家ではかなりの人気者だ。


とぼけたキャラクターに、あの歌声とピアノのギャップは

聞いた人間にしか分からない魅力がある。

どちらの方でも共通するのが

『一緒にいる人が笑顔になってくれるなら』

そんな想い。




いつの間にやら、

この住家で彼の隣に座った人々が、次から次へと彼のレッスンに通い

魂の喜びに包まれていっている。


少し前の事。

ある人は、歌がこよなく好きでいたけれど、

一人でどうしたらよいものかと思案にくれていた。

またある人は、歌を歌っていたにも関わらず、

自分の歌を見失ってしまい、歌を捨てようとさえしていた。


そんな時、その人達は彼の隣に座った。


そして今ではステージに立ち、多くの人から拍手を貰っている。

もちろん言うまでもなく、あの頃の迷いはもう無い。




彼の教える歌やピアノは、どうやらテクニックだけではないらしい。


‘自分の中にある宝物を思い出す’


通う人々はそう口々に言う。



誰もが持っている素敵な楽器は、こんなにも近くにあるのだ。

だから、彼に教わり、彼の伴奏で歌う人々は

どんな場所でも

どんな歌でも、

心から気持ち良さそうに歌っている。

そうすると聞いている人間もまた、その心地よさに包まれていく。



不思議なピアノを弾く人。

いや、不思議な彼に触れられたピアノは命を持ち始めるのだ。

そして私達は、

人も、音も、全て生きていくのだと知る事が出来るのだ。





今日もまた彼は微笑みながら来てくれることだろう。

かわいい奥様を連れて。


きっとこの住家は今日もあたたかい。






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