第三話 〜名も無きべーシスト〜 - 2003年07月07日(月) 初めてのライブで見かけた彼がその時、 まさかここの住人になるとは、露ほどにも思わなかった。 時折ふらりと訪れ、静かにお茶をすする。 今日はそんな彼から一枚のCDを買った。 女性の歌声のその奥で彼のベースが聴こえる。 それには歌だけではなく、とっても素敵な物語も詰まっていた。 本業は家や店舗の内外装をする仕事なので、 どちらかと言うと、不器用な感じの職人さんだ。 けれど、ベースを持つ時は天才とも言うべきほどの音と技術を それはそれは心地よさそうに操る。 そんな彼がたまに、音楽系ネットの掲示板に書き込みをしていたそうだ。 その中で会話をした、ある女性が気になりライブに行くことにした。 ピアノ弾き語りだけの小さなライブ。 そして、その彼女も彼のライブに来た。 それから少しの間があり、急にある日 彼女からの連絡。 「自分のCDを作りたいの。ベースを弾いてもらえないかしら?」 ギャラなんかもないけれど、ご飯やお酒でもてなしてもらえただけで なんだか嬉しかったと彼は語る。 初めは、ほんの2〜3曲だったはずが、 もう1曲2曲と増え、いつの間にか 全12曲のうち、7曲も手がけていた。 ちなみに、彼女のご主人はプロのミキサーだったらしく アルバムの出来もレベルの高いものに仕上がっていたそうだ。 彼は何故自分がお願いされたのかも聞かない。 ただただ、あったかい人の歌と一緒にベースを弾きたかったんだろう。 ただそれだけでいいみたいだ。 高校生の時、なんとなしにベースを選び、手に持った瞬間 指が勝手に動き始めてから10年近くが経つ。 初めて本格的に自分の音が入ったCDが出来た。 たまたま気になった歌い手さんと、 お互い一度演奏を聞いただけで こうして形になった奇跡の様な話。 純粋なベースを愛する彼の心が創った物語。 「こんな名も無きべーシストにやらせてもらえるなんて」 と、常に謙虚である姿は本当にいとおしい。 ベースと共に生きている彼はいつまでも、こうあり続けるだろう。 -
|
|