リュカの日記

2006年05月02日(火)

今日は午前2時半前に目が覚めた。
そのまま、横になって十数分沈み込んでた。
結局、俺にはこの耐えられない現実を、どうする事も出来ないのだ、とか。

俺は毎日日記を書く。
これについてよく思うのだが、
また、今も思ったのだが。
こうやって、毎日自分の感じたものを纏め続ける、という行為は、決して今の自分の為になるような事ではないんじゃないか、と。
何と言うか、自分の意識に無理やり統一性が作られてしまい、価値観が育たなくなってしまう。
昨日の授業でも習ったが、
精神療法用語で「煩悶期」というものがある。
授業では、意図的にこの煩悶期を作り出すという治療方法があるのだ、という事を教えていたが。
ある心的外傷を持つクライアント(治療依頼者)に、横になって眠る事以外を許さない生活を強いる。
話しをする事を許さない、散歩をする事を許さない、音楽を聴く事を許さない、テレビを見る事を許さない、書物を読むことを許さない、気分転換をする事を許さない、自分の気持ちを吐き出す事を許さない。
ただ横になってボーっとしている事しか許されないクライアントは、する事と言えば自分の内面に沈み込んでただ考え続けていく事しか出来ない。
そうすると、普段は気にしないようにしている事等、色々な事について悩み続ける事になる。
悩んで悩んで悩んで悩んで。
これを「煩悶期」と呼ぶ。
これだけだと、欝を作り出すのに絶好の環境に思えるけど。
治療では、そういった生活を1週間ほど続けさせた後、クライアントに軽作業をやらせたり。慣れてきたら重作業をやらせていったり。
そうやって、社会復帰を図らせるらしいのだが。
自分が引きこもったり、ネットで吐き出したりするようになる以前の生活を思い出す。
何もやる気が起きなくて、ただ考える事以外はしたくなかった。
ずっと布団の上に横になり、悩み続けて苦しんで。
そんな生活が何ヶ月も何ヶ月も続いてた。
そうしていると、自分の意識の中にある形が浮かび上がってくるようになる。答えというか。
苦しんで苦しんで苦しみ抜いて浮かび上がってきた形。
それが価値観だ。
今度は、その価値観を元に色々と思い込んだり苦しみ続けたりする事になるのだが。
なんか、自分はそうやって苦しみ続けていないといけない気がする。
今の自分は何かが違う。違和感というか。本来の意識状態じゃない、というか。欝になって苦しみ続けていないと自分じゃない、みたいな。
いくら吐き出したところで吐き出し足りないくらいの激欝の最中なら、こうやって日課として自分の感じるものを吐き出していくのもいいだろう。
でも、今のような中途半端な状態で、こうやって毎日のようにダラダラと感じるものを吐き出し続けていくのは、何だか間違っているような気がしてならない。
でも、俺のような人間は、こうやって既に日課になってしまっている事を取り上げられるという事に、強いストレスを感じてしまう。
いつもしている事をやらないと、不安になるのだ。
その結果、俺は今日までずっと書き続けてきた。
そして、何も生まれない。価値観が育たない。
書き続ける。育たない。育たない事に不満を感じる。書き続ける。育たない。不満を感じる。こういった悪循環に陥っているのがここ数年の現状だ。
本当なら、自分の意識や価値観が壊れてしまった数年前に、日記を書くのも辞めているべきだったのだ。
少なくとも、強く纏わり付いて離れない、新しい意識が心に根付いていくまでは。
だけど、自分は今日まで日記に綴り続けた。
辞めないとな、と思うんだけど、多分この先も書き続けてしまうんだろうな・・
典型的なA型人間というか、神経症というか。
自分の習慣から離れる事が不安になるのだ。
コンビニやファーストフード店に行っても、いつも買うものは同じだし。
レンタルビデオ屋に行っても、いつも借りてくる本数は同じだし。
「日記では『吐き出しても吐き出し足りない事』を吐き出し続けるべき」という意識があって、そうなるためには日記を書く習慣を一時的にでも無くさなければならない。
吐き出す事で消化されてしまうような事があってはならない。
そんな意識が、いつもある。
これも、強迫観念的なものかもしれないが。
でも、この「エンピツ」で日記をレンタルして以来、俺は1日も欠かす事なく書き続けてきた。
だから、多分辞められない。
どうしようか。
このままじゃ、ずっと脳内スカスカなままなんだけどな。
不謹慎で在り続けるしかなくなってしまう。
耐えられない、強迫的な苦痛を常に感じ続けてないと、納得出来ず不満が募るばかりだというのに。
自分にとっての大きな物事。大きな存在。
それがあんな事になったのに。
このままじゃ、その自分にとっての大きな存在が自分の中で小さくなってしまうのだ(もうなってるけど)。そんな事には我慢出来ない。

家に親父が居る限り、俺は何も考えられない。
可愛い男の子について考えている時、いつもあいつは邪魔をする。
あいつの出す音が聞こえている間、可愛い男の子について考える事はしたくない。汚されるような気がしてならないからだ。
そして、あいつのせいで考えられない、という事にばかり意識がいくようになってしまい、ますます考えられなくなっていく。
一度邪魔され始めると、「また邪魔されやしないだろうか」とうプレッシャーで、考えたい事を考え出せなくなってしまう。
そして、いつもそれで1.2時間奪われる。
「わしはここにおるぞ!!」という事をやたら誇示したがる恥ずかしい親父。俺の考えなんて「邪魔してなんぼ」
俺みたいな神経質な人間に、あんな親父なんて、本当に最悪の組み合わせだ。
今日みたいに、たまに思考に沈み込んでいけそうな日。
こんな日は滅多にない。
なのに、沈み込みそうになった瞬間にでかい音を立ててかき消そうと躍起になるのだ。
そして、実際かき消された。
本当、最悪。
また、考える事が出来なくなってしまった。
考える事が出来なくなって、今で20分。
いつも、まさにジャスト、絶妙のタイミングで馬鹿でかい音を出してくる。

ジジイの事を考え出すと、はらわたが煮えくり返って、憎しみや否定文句が頭の中にとめどなく流れ出し、他の事が考えられなくなってしまう。
自分の親があそこまで下劣な奴だなんて、本当についてない。
卑劣な下衆野郎の癖に「筋を通しているつもり」でいる、または周囲にそう思わせようと必死になっているから、はらわたが煮えくり返ってたまらないのだ。また、そう思わせようとするパフォーマンス自体に、卑劣極まりない手段を用いるしな。

午前8時頃までは起きていた。
今日の授業は1から4まで。
いつの間にか眠っていた。
午前9時半頃に母親に起こされた。
それから、母親が仕事に行くため家を出る。
俺はまた眠ってしまった。
午後15時頃に目が覚める。
もう、3週間くらい火曜日の1.2限目に出席してない。
今から行っても、彫刻を数十分受けるだけで終わってしまう。
と、考えている間に、またいつの間にか眠ってしまっていた。
午後16時40分頃に目が覚めた。
授業はもう全て終わってしまっている。
結局、今日は学校へは行けなかった。

フランス語の課題を終わらせた。
簡単な課題だったけど、やってる最中ずっと少年の事が頭に浮かんでいたので、殆ど身が入らなかった。
現在午後20時03分。
俺は、メッセの子に、弟に自殺を計った理由を打ち明けるよう、うながしていた。
昨日の朝、メッセの子は「凄く怖いけど・・・今日弟に打ち明けます」と言ってくれた。
それきり、現時刻まで音沙汰なしだ。
メールを送っても、返事が返ってこないのだ。
弟に何かきつい事を言われ、そのショックで思いつめた行動に走ったりしていないだろうか。
弟自身、その中2の子を「可愛い可愛い」言いまくっていたそうだ。
メッセの子は、「打ち明けたら、弟に兄弟の縁を切られるかもしれない」と恐れていたのだ。

エロい事に対して喜ぶ、というのは一般的だ。
やらしいものを見て「やった!」とか。
でも、俺はそういう風になる事は出来ない。
別に、少年が襲われたとか汚された、とかそういった類に入らないような興奮に対しても。
例えば、タイプの男の子の体が見えた、とか。
それを見て、「喜ぶ」とか「嬉しい」とか「やった!」なんて気分にはどうしてもなれない。
もちろん、それに対して欲情するし、そうやって目にしたものを思い浮かべて欲求処理したりはするのだが。
タイプの少年についてのそういった性的なものというのは、俺にとってはとても辛くて悲しい事に分類される。
そんな子なのに体が見えてしまうなんてありえない。とか。
少し苦しい気分になってしまう。
そんな俺にとっては、恋愛自体が罪悪だ。
気分が沈む。
俺は、どういう風になれれば良い?

また、不安でたまらなくなってきた・・
胸が圧迫されて締め付けられる。
空気が重くて、ずっと息切れしているような状態だ・・・・
メッセの子は大丈夫だろうか。
また、自殺でもしてたりしたら・・・・
いくらメールを送っても、全く返事が返ってこない・・・・


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