囁き
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いろんな疑問がある。けれど、僕の疑問は理解されないことも多い。僕は、人が見ないところまで穴を掘り、そこに指をさして怒ったり、恐れたりしているのか?
例えば、生まれたときに上下がさかさまに見えてしまう人がいるらしい。目の異常なんだけどね。そういうのは、ひっくり返っているためになかなか立ち上がらないでいるため、その病気(?)がわかるらしいんだ。 でも、例えばそれがそのままで育ったら、それが普通になって生きているだろう。僕らが普段見ているものと上下さかさまの世界。僕らにとっては、そうなれば怯えるだろうけど、その人には僕らの世界のほうが怯える世界。おかしな世界なんだ。
ここまでは、まだ理解される。ってか、納得だよね。この例だけの。僕が言いたいのは、人が見ているものと自分が見ているものが、どれだけ同じものがあって、どれだけ違うものがあるのかって言うこと。例えば、りんご。赤くて丸いよね。けど、僕の赤と君の赤、僕の丸と君の丸は同じものは同じだとは限らない。僕にとっての青くて四角いものが、君にとって赤くて丸いものだっておかしくないわけさ。手で触れば?わからないよ。それすら、同じものであるとは限らない。同じものを見て、さしてるのに、見た目とかは同じとは限らないわけさ。 人間なんてそんなもの。他人と自分なんて、そんなもの。怖くないか?そんな言葉は、納得しても理解されない。簡単に言えば・・・みかんをりんごだと教え込まれて大人になった人は、僕らのみかんをりんごって言うだろ?それは、問題ないわな。言えばわかるわけだし。じゃあ、みかんがりんごに見える人が、いたとする。普通、親はそれをみかんだと教えるわな。そいつは、りんごをみかんという名前の物質だとだと認識する。その場合、生きてる間、何の問題ないよね。けど、そいつ僕らが言うりんごをみかんだって覚えてるわけさ。
何で群れたがる?人と自分なんて、どこまで分かり合えてるかなんて、わからないわけさ。なにがおなじだなんて、誰にもいえないんだから。人と人が完全に分かり合えることなんてない。自分じゃないんだからね。そう考えて、僕はむなしくなる。同時に、一人で生きようとする決意もあるけどね。
けど、人の中にいてどうなるんだろう?誰か、自分を知っている人が一人か二人いれば十分じゃないか?別に、常にそばにいる必要だってない。この世界のどこかに、生きてるか死んでるかもわからないけど、いたんだって思っていれば、それでもいい。自分じゃないから、わかりあえない。それでも、僕が心を許せるくらい僕を知っていてくれる人がいる。僕にとって、それだけで十分だ。けど、そうでもない人も多いよね。僕にはわからないことなんだよね。
これも、穴掘りの一つなんだろうか?
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