暗くなった駐車場を、自分の車に急いでいた。 今日は娘からオムライスと頼まれていたのに、家にお米がなくて、 フィットネスクラブの帰りにクラブの隣のスーパーで買おうとしたら、臨時休業だった。 急いで別のスーパーに向かわねばならない。 時刻はもう19時近くで、これから買物して帰宅してから炊飯するかと思うと、 足がどんどん早くなった。 21時には寝かしつけたいのに。
自分の車まであと2台、というところで、 目の前から車が1台やってきた。 私の目の前で曲がり、駐車し始めた。 最初はライトの光で見えなかったドライバーの顔が見えた。 寺島に見えた。
えっ、と思ったけれど、追いかけてじろじろ見るわけにもいかない。 自分の車に乗りながら、1週間前に友達とした会話を思い出してみる。 「いつも実家の前を通るけど、住んでいる様子はない。噂も聞かない。 実家にはもう住んでいないのではないか」 私たちも32才。 勤務地などの関係だとしても、実家に住んでいたら少し奇妙に思われる年代である。
車のドアを閉めてから、数台先に止まったその車を盗み見てみる。 降りようとしているドライバーの顔は見えない。 そのとき、後部座席のドアが開き、二人の子どもが飛び出して走っていった。 後姿から察するに、4、5才。小学生ではない。
ドライバーが降りて、顔と姿が少し見えたが、 寺島かどうかの判別はつかない。似ている気はする。 彼はこちらを見ることはなく、子どもたちと同じ方向に歩いて行った。 私は彼の車の目の前を通ったけれど、特に気は引かなかったようだ。 脚の筋肉を観察してみる。 鍛えられている筋肉であることはわかったが、昔の記憶とは違うような気もした。
私の息子は今年で10才。 娘は7才。 彼と断絶して7年ほどの計算になる。 5才の子どもがいても、何の不思議もない。 当時彼が乗っていた車とは違うが、家族が増えれば車も変わるだろう。
彼の現在を見かけたかもしれないことは、私に何の動揺ももたらさなかった。 私はセンチメンタルに浸ることなく車にエンジンをかけ、 1分後にはスーパーへの道を走っていた。 走りながら、何も感じない今なら会えるのに、と考え、 彼が私の特別であることを、受け入れた。
振り返ってみて初めてわかるのだが、 彼と過ごした私の17才から20才くらいは、 彼も私も、お互いのことというより自分のことと家庭のことで精一杯で、 そこで傷ついた心を癒し合う関係であった。 いいことよりも喧嘩だとか浮気だとかが多かったと思うけれど、 逆にその恋に現実逃避することで、 家庭だとか、親だとか、将来だとかの問題で潰れることを避けていた。 私たちは、別れることが決まっている恋人たちだったのだ。
しかし、同じ時期を友達として過ごした人が、今も特別な友達であるように、 恋人だったから別れただけで、彼は私の特別な人だ。 彼にとってそうであるかは知らないし、どうでもいいことだ。 ずっと解けなかったパズルが解けた気分だった。
初めて、彼との関係が、友達だったらよかった、と思った。 それなら、今でも会えた。 恋人としては好きじゃない。愛してもいない。 でも、友達としてなら。
心にずっとひっかかっていた棘は、きっとこれだった。 未練かと思っていたけど、違う。 友達として関係しているべきだった。 そう思うと、あのころの関係の何もかもに説明がつく気がする。 恋人を失ったんじゃなくて、かけがえのない友達を失ってた。 あの、辛かったころを、支えてくれたのに。
自宅に着くと、上の娘が出迎えてくれた。 「あのね、パパがね、コンビニでアイス買ってくれて、お兄ちゃんにはポテトチップスで…」 うんうん、と聞きながらお米をセットした。 私の姿を見て、いちばん末の娘が奇声をあげた。 お米とついでに買ってしまったみたらし団子を見せると「きゃはははぁ」と笑顔になった。
「遅くなってごめんねー」と夫に声をかけると、 「ドアを修理したよー」と返ってきた。 数日前から、閉めようとするたびにギギギと音を立て、不安を煽っていたドアは、 ちょうつがいのねじが緩んでいたのだそうだ。
少し肌寒くもなったのだから風呂は休むか、と思ったけれど、 新しく買ったシャンプーを試したくて、入った。 末の娘をお風呂に呼んだけれど、うっかりシャワーを出しっぱなしにしていたため、 シャワーの嫌いな彼女はUターンし、戻ってきてはくれなかった。
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