2004年07月28日(水) |
音楽についての(理想)論 |
あたしにとっての音楽は、音しかない世界。 音によって創造される世界。 ユーフォニウムには最近触れていないけれど。
だから、音楽に触れたとき、 それを歌っている人間しか思い浮かばない音楽は嫌いだ。 映像に偏りすぎている、とでも書くのだろうか。 その映像を際立たせるための音楽なら、それで当たり前だが。
(と、今書いて気づいた。 成る程、彼女達を際立たせるために存在する音楽なのだから、 歌詞に意味がないのは当たり前だ。)
音から、そして言葉から、 個人の中で創られる世界。 それが鮮やかなほど、あたしは、素晴らしい音楽だと思う。
まぁとても、ラインが見えない、 要するに理想論だとは思うが。
数日前、いつものごとくあたしの部屋で飲み会をしたとき、 好きなアーティストの話になった。
細かな話の流れは覚えていないが、 寺島が、 「俺、アーティストは見かけで選ぶから」 と言った。
先に書いたような価値観のあたしは、その発言がたまらなかったが、 寺島を批難する言葉は言えずに、黙っていた。
…というのがいつもの情景だが、 そのときのあたしには酒が入っていた。 しかもあたしはどうやら、 市丸と竜崎君と3人で飲むよりも、 寺島がいる方が酔っ払うらしい。
よくは覚えていないのだが、多分、 「見かけに音楽の本質はないんだから、そうやって判断する人嫌い!」 と、言った気がする。 後半は覚えている。
寺島は寝転んでいたのだが、 その発言の後ちっとも起きてこないので、 「嫌いって、訂正するから」 と言って起こそうとしたら、 ちょっと反応したから面白かった。 あたしの考え違いかもしれないけれど。
君がそんなに偏った考えの人じゃないって知ってるんだから。 ひとえに嫌うわけがない。 LINKIN PARKを、見かけで好きになったわけじゃないでしょう?
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