起こった出来事についてはそれなりに考えますやっぱり。あれは例えるなら、猪木のビンタであったんではなかろうかと。いきなりビンタを食らい、「私が何をした?」と、当然ムカつくわけですが、それに反応する自分の器の小ささを垣間見たりもして、気づいた時には闘魂が注入されていた・・・わけはないだろう。だいたい猪木とか言ってる時点でもうダセーんだって。すいません。もう引っぱりません。自虐の視点も中途半端でなんともいえん。流します。
仕事帰り、銀座シネスイッチ。シネスイッチは金曜がレディースデーで900円。ニール・ジョーダン監督の新作「プルートで朝食を」を観る。ビンタどころか、ボッコボコに殴られたり、爆破テロに見舞われたり、打たれ強くなってもまたそれ以上の悲しみに打たれるのに、なんでこんなにケラケラ笑えてしまうのか。私だったらこの中のたった一つでも自分の身にふりかかったら、一生その影だけ抱えて生きていきそうな悲劇がどんどん主人公に降り注いでいく。それを真っ向から受けとめるわけでもなく、かわす感じでもなく、死ぬまでは自分は自分として生きていきます、ってところに力も入り過ぎていない。とってもイギリス的な空気の変な映画なんだけど、なんでかスッキリとした気分で終わっていく不思議な映画。私が不運だと思ってることなんか、ホントはどうってことないのかもしれない。私がどうしてもこだわってしまうことなんて、ホントは大したことないことなのかもしれない。私がビビってることなんて、ホントは下らないことなのかもしれない。ちょっとしたスタンスの違いで物事の捉え方など一瞬で変わる。本当に大切だと思ってることを、自分ははき違えているかもしれない。

|