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国立国語研究所の外来語の言い換え提案(http://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian2_tyuukan/Words/normalization.gen.html)によると、「ノーマライゼーション(normalization)」の言い換え語として、「等生化」と「等しく生きる社会の実現」を提案したということである。意味は「障害のある人も,一般社会で等しく普通に生活できるようにすること」だという。今まで訳語として使われていた「共生化」では「他民族間」や「人間と動物」というように使われる分野が広くなりすぎたので「等生化」という言葉を提案したそうだ。「等しく生きる」という言葉をあえて使わなければならないほど、今の日本において障害のある人とない人は等しく生きていないということをあらわしている。 ところでこの間、都営バスに乗っていたら一つ前の座席にろう(聾)の若いカップルが並んで座っていて、さかんに手でおしゃべりをしていた。ある停留所が近づいてくると、風景と前方の車内電光表示板で停留所名を確認して二人で頷きあった後、ブザーを押して軽やかに降りていった。都営バスに限らず東京の路線バスの多くは電光掲示板を備えていて、停留所の案内が音声と文字とで行われる。これはろう者および所属団体の要望によるものだという話を、以前手話を勉強していた頃に聞いたことがある。 もし、電光表示板がなければ、先ほどのカップルはおしゃべりに興じることもできず、車窓からの風景に目を凝らすか、あるいは運転手や周囲の乗客にあらかじめメモを渡すなりして、目的の停留所が近づいてきたら教えてくれるように頼んでおかなければならない。電光掲示板があるおかげで、ろうの人々は車内でリラックスして過ごすことができる。そして(そう希望するかどうかは個人差があるが)耳が聞こえないということを不必要に周囲に知らしめずに済む。しかし、ろうの人々の要望で装備されるようになった電光掲示板のメリットを享受しているのは、必ずしもろうの人々だけではない。耳の遠いお年寄りはもちろん健聴者にとっても、今どこら辺を走っているのか一目でわかる電光掲示板は便利である。ローマ字も表示されるので日本語ができない人にも役立つ。私は時計を持ち歩かないので、電光掲示板に時間が表示されるのもありがたい。そして電光表示板をつけるように運動してくれたろうの人々に感謝している。 一般的に、障害のある人々が使う特殊な機器類は福祉機器に類別されて、生産ロットが少ないために非常に高額になりがちである。しかし障害がある人のための便宜を図ったら、障害がない人にも意外と便利で、そのためにそれがより広まって、ロットが増えたおかげで生産コストが安くなって、それと同時にもっと工夫がされ、そのためもっと便利になっちゃった、というこの話を、ノーマライゼーション(あるいはバリアフリー)の一例として、私はとても気に入っている。 逆に、別に福祉機器として開発したわけではないが、障害のある人達の日常生活を大いに助けるものもある。例えばEメール。特に携帯メールは、ろうの人にとっては、これほど便利なものはないだろう。それからマナーモードでも使うバイブレーション機能。例えば電車に乗ったときに、あらかじめ所要時間を見計らってセットしておけば、途中で読書に耽っていても舟を漕いでいてもアナウンスが聞こえないために乗り過ごす、ということを避けることができる。 歩道の段差解消しかり、階段の手すりしかり、字幕放送しかり。車椅子の人も、足腰が弱ってきた人も、ベビーカーを押す人も、そのときだけ松葉杖の人も。いろんな立場の人達が共に生きていて、ちょっとした「配慮」が「みんなが便利」に発展して個々の幸せにつながっていく。そういう社会は小気味がいい。
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