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2001年02月12日(月) 「老い」の中に生きる

テレビで映画「午後の遺言状」を見た。
たまたま先日読んだ奥様向け家庭雑誌に新藤兼人監督のインタビュー記事が載っていて、妻であり尊敬する女優でもある「乙羽さん」との思い出や、作製時すでに癌の末期だった彼女の遺作となったこの映画について書かれていたので、丁度見てみたいと思っていたのだった。今となってみれば、主役である杉村春子の遺作ともなってしまった。

大女優役の杉村春子の日本語の発声は美しく、ちょっとぞんざいな口の聞き方といい、華やいだ立ち居振舞いといい、いかにもその世界の水の中で生きてきた雰囲気をかもし出し、一方、別荘の管理人役の乙羽信子は、ぶっきらぼうだがなにか秘めた情熱を感じさせる。痴呆症となった昔の女優仲間(朝霧鏡子)の本能的な表情、そしてその彼女を献身的に世話を焼く夫役の、観世流の重鎮でもある観世榮夫が劇中「稽古」として舞う能の美しさ、朗々たる声の響き…、一言でいってしまえばとても美味しい映画だった。

「老い」の中に生きるこの4人と、弾けんばかりの若さ真っ只中の管理人の娘とその婚約者。二つの世代の対比をくっきりと浮かび上がらせながら、ところどころに珍妙なハプニングをはさんで物語は進行する。画面の中で存在感を放っている二人の女優が、今はすでにこの世の人でないことに思いが及ぶ都度、不思議な感覚にとらわれる。
撮影中、乙羽信子が「(新藤)先生、今回はずいぶん急いで撮るんですね。」といったとそのインタビュー記事には書かれていた。それに対し「それは乙羽さんの体調を気遣ってということもあったが、それより乙羽さんと杉村さんとではうまくいかないシーンはなく、撮りなおす必要がなかった」という内容のことを語っている。

役者、監督としての揺るぎのない資質と実力、骨太な情熱、積み重ね、互いの信頼関係、この作品はまさに最良にして最後のチャンスに撮られたのだと思う。


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