WELLA
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1998年10月23日(金) フランスの食卓

ケンブリッジにいた頃、デルフィンが毎日「ああ、おなかが空いた」「フランスの料理が恋しい」「私はお料理が大好きなのに、ここのホストファミリーは…(以下デルフィン心の叫び)」とぼやいていたので、彼女の家での食事は楽しみの一つだった。何しろおフランスである。フランス料理である。いったいどんな食事をしているのだろうか。

夕食の時間が近づくと、お母さんがリビングルームにあるダイニングテーブルのクロスを少しシックなものに取り替えた。おおっ、これだけで本格的である。それからスープ皿が並ぶ。ううむ、まずスープからか、さすがおフランスだと思いながらスープを飲む。ん?シンプルな野菜スープである。おいしいが味付けは薄い。
さて、次はデルフィンがオムレツを焼くという。プレーンとチーズ入りとどっちがいい?と聞くのでプレーンと答える。しばらくして出てきたものは人数分を大きなフライパンで焼いた平たいものである。それを切り分けてもらって食べる。その間にパンがごろりと出てきて好きなだけ切って食べろという。それからエヴィアンのボトルがドンッと出てきて、飲み物はそれである。
オムレツを食べ終わると、「じゃあ、フロマージュ(fromage:チーズ)ね」といって幾種類かのチーズを籠に盛って出してくる。さすがにカマンベール、ブリーチーズ、山羊のチーズなど種類が豊富である。
食事はそれで終わりらしい。なんという簡単さだろう。フランスでは昼ご飯をたくさん食べて夜は軽い目にするといっていたが、朝ご飯のような軽さである。

チーズはをいろいろ選んでいると、仕事で遅くなるといっていたお父さんが帰ってきた。
デルフィンは「さ、英語を話さなくっちゃね、パパ」などといってニヤニヤしている。お父さんは英語が苦手らしい。デルフィンが席を外したときに、「私が英語を話すと娘が笑うんですよ。」と英語でぼやいた。覚えたてのフランス語で「構いませんよ」と答えてみる。
食卓に並んだチーズを見て、お父さんがワインを出してきた。お父さんは出されたスープをおとなしくすすり、あとはチーズとパンでおなかを満たすらしい。色々な種類のチーズを試すのは楽しい。格式ばったフランス料理店に行くと「食後にチーズとデザートワインなどはいかがでしょう」などと勧められることがあって、とんでもないと思っていたのだが、この食事の軽さならうなずける。食後にチーズは必須である。
デルフィンと弟のギヨムはヨーグルトを食べている。この弟のギヨムというのは日本でいう小学校6年生なのだが、デルフィンと歳が離れているせいか、てんでコドモあつかいである。食事時はナプキンを首からさげ、コドモ用のフルーツ味のヨーグルトを食べ(さすがに量が足りないらしく二つ食べる)、夜9時にはベッドに入る毎日である。
ギヨムがお休みなさいをいって2階にあがるとお父さんはキッチンでごそごそし始める。お皿を洗っているらしい。会社から帰って出されたスープを飲み、チーズとパンを自分できって食べ、家族の分の食器を黙々と食器洗い機にセットする一家の主である。いずこもオトーサンは大変である。

翌朝、お父さんとお母さんはさっさと仕事に出かけ、その後にわれわれの食事である。
朝食はさらに軽い。パンやジャムが食卓においてあってそれをごそごそと食べる。コンチネンタルブレックファストといえば聞こえはいいが、なんという簡便さか。ハム、卵の類無しである。
昼は外で郷土料理。ほとんど一週間分に相当する量のソーセージとジャガイモを食べ、さて夕食である。
その日の夕食は、生ハムと小さなマカロニを茹でて好みで各自バターを落としたもの。生ハムはおいしい。食後にチーズとパン。デルフィンはヨーグルト、終わり。
翌日の朝はいつも通り。
デルフィンは午前中自動車教習所に行ったので、その間にお母さんとスーパーに買い物に行く。10年前にできたというそのスーパーで、スーパーマーケットの買い物の仕方を熱心に教えてくれる。何度も言ってますが、日本には20年以上前からスーパーマーケットはあるんですよ、お母さん。
昼ご飯はスーパーで買ってきた丸ごとのチキンに塩胡椒をしてオーブンで焼いたもの。おいしい。付け合わせに茹でたポワロー葱と生クリームを少々加えたマッシュポテト。食後にチーズとパン。デルフィンはヨーグルト、終わり。
夜はスーパーの中の魚屋で開いてもらった白身魚に小麦粉をつけてフライパンで焼いたもの。おいしい。付け合わせは、きゅうりに似た野菜を乱切りにして茹でたもの。食後にチーズとパン。デルフィンはヨーグルト、終わり。
翌朝は、デルフィンがこんな物は日本にないだろうから、と作ってみせてくれたマドレーヌ。
昼は冷凍の白身魚を焼いたものと昨日のチキンの残り。おいしい。食後にチーズとパン。デルフィンはヨーグルト、終わり。
夜ははるばるドイツから私の友人たかこ嬢が訪ねて来たので、お母さんが腕を振るうという。で、クレープ。お砂糖か、ジャムで食べてね、といって木苺と苺のジャムが並ぶ。お母さんが焼く、私たちが食べる。デルフィンが焼く、私たちが食べる。おいしい。塩気無し。さすがに飽きる。食後は昨日作ったマドレーヌ。お父さんが帰ってくる。お母さんがクレープを焼き始める。お父さんのクレープもジャムとお砂糖らしい。
翌朝はいつも通り。たかこ嬢驚く。デルフィンの家の人々はほとんど牛乳を飲まない、これだけチーズとヨーグルトを食べていれば必要ない。
昼はデルフィンが作ったフルーツサラダと、ジャガイモときゅうりとをそれぞれ火を通したもの。好みでおろしたチーズを加える。おいしい。さらに朝デルフィンが買ってきてくれたクグロフ(Kugelhof)というこの地方独特のパンを食べる。

いずれも実に簡単なものである。作っているところを見ても、特に台所用具が揃っているわけではないようだ。よく研いだ包丁でタンタンタンと切る、なんていうことは鼻から頭にないようで、切れ味の悪いナイフでガタンガタンと切っている。菜箸を使わないのは当然だが、適当にそこらへんのスプーンでかき混ぜたりしている。
しかし、明記しておくが、これらはどれもおいしい。どうかするとイギリスの料理の方が凝っていると思われるのに、味の方はさすがフランスというか、納得の味なのである。しかし、献立として栄養バランスなどは絶対に考えていないに違いない。お腹がいっぱいにならなければパンを余計に食べ、物足りなければチーズを食べ、野菜類は果物を間食して各自調節、という感じである。
この食生活なら欧米人が中年以降ガタっと体型が崩れるのもうなずける。

そこへ行くと日本の主婦はエライ。高水準である。私たちはもっと威張っていい。


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