2003年07月06日(日) |
パリ留学日記:モン・サン・ミシェル紀行 |
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この週末にMont St. Michel(モン・サン・ミシェル)とSt. Maloというブルターニュ地方の二大景勝地を訪れた。前者は、もう一度渡仏する機会があれば、必ずこの眼で見たいと願っていた場所である。
朝6:40のTGVで出発し、Renne(レンヌ)へ。交通の便はかなり悪い。レンヌからモン・サン・ミシェルへのバスが一日数本出ている。これを逃すと、夕方になってしまう。レンヌでは慌しく1時間程度で観光。思ったよりも寒いことに気づき、プルオーバーなどを購入。バスの道行きはフランスの田舎の光景が続く。が、朝早かったためか、寝てしまったので写真は残っていない。
その僧院都市の独特のシルエットが見えてきたのは、正午を30分ほど過ぎたころであった。現地は、今にも雨が降りそうな曇天。そのためか、その影の境界が必ずしも定かでなく、やや鈍い色に溶け込んでいる。
 曇天の僧院都市
着いてからすぐ、対岸の夜景が見えるホテルにチェックインする。その後、放牧された羊の群れの中、河岸を僧院都市に向かってゆっくり徒歩で進む。羊たちは、堂々と舗装された道を横切る。自動車は、彼らが渡り終えるまで待たねばならない。徐々に強い横風が雲を追いやり、切れ間から陽光が差し始める。
 羊の群れ
島の内部に足を踏み入れると、入り口付近は土産物やレストランでごった返している。まるで昔訪れたことのある江ノ島のようだ、と場の雰囲気に相応しくない感想を抱く。道幅の狭い、急峻な坂道が続く。
 Mont St. Michel入り口付近
坂道を登り、La Merveille(驚異)とも称される僧院の内部に入る。さすがに荘厳である。そもそもこのAbbayeは、8世紀初頭に、サン・ミシェルの夢の啓示を受けた当時の司教がこの地にベネディクト派の修道院を建立したのが始まりとされている。サン・ミシェルとは大天使ミカエルのことと言った方が、通りが良いだろう。後世には、旧教徒が新教徒に対し自らの版図を拡大するためには、ミカエルに率いられた天使の軍団が必要であるという思想が生まれたという。また、英国との100年戦争では、この都市がそのまま城砦となり、英国軍の侵攻を防ぐことに成功したという。
 La Merveille
細い石造りの小道と坂道が幾重にも重ねられ、注意しないと発見できない道も多い。全ての道を歩きとおすのはかなり骨が折れる。しかし、時間もあったことから、全ての道を制覇することに成功した。
夕食は、かつてレオナール・フジタを初めとする有名人が食したという麓のPoulardという店で取った。名物というオムレツやカンカルの牡蠣は美味であったが、サービスはきわめて悪い。
そして夕暮れ。午後10時を過ぎるまで粘って夕暮れの僧院都市を撮影する。この黄昏の光景を見たくて、ここまで足を運んだのである。一枚だけ写真を掲載しておく。「また見つかった。−何が。 永遠が。それは太陽と番った海。」というランボーの詩の有名な一節を思わせる、陽が海に落ちていく姿を是非スライドショーでご鑑賞あれ。
 No Title
深夜12時頃、ライトアップされた都市を見ながら、部屋でシードルを飲む。 明日は要塞都市サン・マロに早いバスで行くことになる。
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翌日、詩の一部の引用を訂正。
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