妄想更新日記
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2001年10月22日(月) 更新無し


運動会の事だけは今のウチに記しておかねばと、時期外れだが運動会ネタ。

息子の保育園は各クラスに大抵一人は障害をもった子がいる。今年の年長クラス(つまりは就学前)もそうだった。そのクラスは息子のクラスではないけれど....

いつも我が園では年長の子供達はリレーをする。それは運動会として華がアルからするんではなくてリレーは二の次。運動会までに自分達が話し合ったり練習した結果が運動会であるから過程を物凄く大事にする。

障害のある子どものいるクラスがリレーをする。
今までは。いっせいによーいドンで一番ニ番もない。その次は二人ひと組。これもクラスで話し合うけれど相手の子がうなずけば問題もない。

しかし今度はそうはいかない。チームの命運がかかってる訳だし、誰だって負けたくない。

当然出る言葉
「●●ちゃんとは一緒のチームで走りたくない。だってまけるもん!」

もっと辛らつな言葉が出た年もある。
「●●ちゃんは運動会お休みすればいいのに」

大人からみたらひどい言葉。でもそれが普通。負けたくないと思えば、自分が頑張って頑張って練習して来たら、して来ただけそう思うのは本音。

だけどね。

●●ちゃんだって勝ちたいんだよ?
まけるのはいやだし
せっかくの運動会で頑張ってる事お母さんやお父さんに見せたいのは同じだよ。

他に足の遅い子もいる。

その子は走らなければそのチームは勝つかもしれない。

でもそれはほんとにウチのクラスのリレーといえる?
早い子ばかりがいい気持で遅い子は出れなくて寂しい思いをする運動会でそれでほんとにいいのか?

●●組として下のクラスに自慢できる「さすが●●組!」っていってもらえるような素敵なリレーなの?それが?

そもそもリレーってなに?

早い子ばっかりでよーいドンしたら勝負はそれでいいじゃん。

でもリレーはどんなに早い子がいても遅い子もいるなかで一生懸命走って次の仲間にバトンを渡す。「あたしの分までがんばって!」って気持を受け取ってはしるんだよ。それで頑張る気持が湧いてくるんだよ。

つまり遅い子もいなきゃ「イイ勝負」にならないのがリレーなんだよ。
「速いもの勝ち」じゃなくて「チームの気持が一つになった方が勝ち」なんだよ。
気持を受け取って「ばかやろー遅いわ!」とかおもってたら勝てないよ。そんな子の為に次の子ははしってくれないよ。それかどきどきしちゃって、かえって走れないよ。


そのチームのきもちがひとつになって頑張れた方が勝つんだよ。
だから今からきめるチーム分けもすごい大切。

●●ちゃんのすっごい遅い部分をどうやったらいい勝負になるかどうやったら埋めれるか考えるのがリレーの初めの仕事だよ。

どうやったら気持がひとつになるか
どうやったら圧倒的でないチーム配分ができるか


それより前に目の前にいる友達を目先の「勝ち」に捕われず「仲間」として認識できるか。





私達のリレーはそういうリレーをしてきました。

保母は極力ここからは口をはさみません。
子供達が自分でチームをきめるのです。
ハンデをうめる妙案も彼等が考えて実践してみて「こっちが早すぎて勝負にならん」「あっちがはやすぎて..」と工夫してきめるのです。
チームの中でいくら速くても日びの生活の中で余りに眼に余る態度をすると仲間から総スカンくったりします。

特に障害をもった子をチームの仲間「この子と走ってもイイナー」と思えるのは(あえて「走りたい」と思ってる子が居ないのは事実です。足の遅い子もそう思われてます。でも友達で仲良しだから走ってもイイと思えるのです。それくらい勝負の世界はシビアです)いかに今までの生活の中で仲間関係をしっかり作って来たかによります。

その感覚をもったこどもたちかどうか保母は6年間の保育を一気に試される時でもあり真剣勝負です。子どもの答えがそのまま自分のやって来た事なんだから。(何時も運動会終わると保母が一斉に風邪を惹いたり倒れたりするのはこの為です。半端な緊張感でやってません。)


話し合いは難航を極めます。でも子供達の中で今までつちかった保育の中で真実をみつけだすんですね。


そしてその模様を包み隠さずお便りで父母に伝える所が我が園のすごい所。

障害をもった●●ちゃんの親にも
「運動会やすめばいいのに」といった●●君の親にも

すべて伝えます。
今に振り回されず子供達がどうゆう結果をだすか黙ってみててくださいと添えて。
もちろんハラハラどきどきです。それをサポートするのはやはりベテラン母さんです。
「家で余分な事言って子供達の話し合いを台無しにしてはいけない」
そんな事をしっかり伝えてくれます。

親もすごい試されます。

もちろん大前提に「もうすぐ小学校に行く憧れのクラスとして」の誇り。
これがあるからこそ「格好わるい所はみせられない」すっごいプライドがたかいんですよ。こどもって。
でもほんとに「格好わるい」ってどんな事かわかっていくんですね。「ゴールテープを切る自分の姿がかっこいい」とだけ思ってた子がやっぱり考えるんです。

ですから当日はほんとにイイ勝負です。
今までの経過を皆親も知ってるから入場しただけで大泣きの親。
走ってる時なんかはもう涙でわが子が見えないくらいです。

練習で勝ってばかりいた長男の時のちーむはあっさり当日バトンを落としまけました。

女の子は悔し泣き。男の子はぼう然自失。あのあと父母対子どものリレーで勝ったからよかったけど。(ウチの親子対抗リレーは大人は子供用縄跳びをしながら(ハンデ)走るのですが結構むきになるクラスで...ははは。「真剣に戦わんと失礼だ!」って親ばかりで...あやうく勝ってしまうところでした)
あれがなかったらどうやって立ち直ったやら。

でも、運動会の後に絵を描かせると(強制じゃないんだけど...なんか描いたね、皆)負けた所の絵をかくんですよ。子ども強いよ。眼をそらさないから。


今年の子供達はなぜかそういう話になりにくい子供達で苦労しました。

あっさり障害のある子と「くんでもいいよー」
何の練習もせず作戦もたてず勝った気でいる子供達。もし負けたらどうするの?の答えに「一生懸命走ればいいと思う」と優等生的答え。

親も全然問題視してなくて。

保母が日々チャッカマンのように日をつける日々

そうしてとうとう我が長男を見てくれてた今は主任の保母さんがそのクラスに話をして
じっくりゆっくり担任が一人一人と対話して
どうにか今年のリレーはリレーになってました。担任も自分の中でOKをだせてよかったといってました。

本当にこのクラスの親は素晴らしい人たちばかりだったんだけど...
園の行事の手伝いも熱心で語らせると知的な発言だし親しみ易くてみんながみんな尊敬してたんだけど「闘争心」ってのはそういやー欠けてたし「つっこんで考える」ってのも苦手だったかもしれない。

ずっと問題なく過ぎてた子供達。イイ子で。でもまさかこんなふうに問いつめて行くと穴がぼろぼろでる子供達とおもわなかった。
だいじなところでつめられる経験をしてなかったんだ!と発見。「イイ子の発言」の中に思考の停止、単純化がみえてあせりました。

大きくなって突っ込まれる経験をした時に考えれる...自分の意志を自覚し、つたえる能力は大切です。よかった。ここでわかって。と関係者一同胸をなで下ろした今年でした。

来年はウチの次男が年長です。長男の時は満足いくリレーでしたが...はてさて来年は?

なんにせよ子どもの成長は楽しい。大人よりずっと深く考えて言葉の数が少ない分すごい事言うし考えるし心に響く。

自分もこうやってせいちょうしたいなーと思うし
文章を書いたりする時「こんなふうに心にきゅっとくる事がかきたいなー」と思う。だって語彙の多さじゃないと(子どもは)言ってるモンな。その時になんて言うかだよね。人との対話でも。

時期外れで失礼致しました。



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