| 2012年10月25日(木) |
大典の人生観は本では変わらない |
仕事の休みを交換してもらったり諸々で 午後、踊りのお稽古に行けることに。 2、3週間休んでしまうと、案の定振りが0だ。
適度にくたくたになって、今度は無国籍自由研究稽古の前に 仙台駅で時間つぶし。 沖縄フェア的なものをやっていたので 紫芋と黒糖のサーターアンダギーを購入。 そんで稽古場へ。
無国籍稽古では、今三好十郎の「浮標」を読んでいる。 ついこないだ、長塚圭史演出のやつが仙台にきたはず。 盛岡に行ってて観られなかったけど。
美緒という病床の妻と、甲斐甲斐しく看病する画家の夫五郎。 なんだかボランティアのよに世話してくれる親切な小母さん。 その他、夫婦の周辺の人々が場ごとに出て来ては 人間模様を繰り広げ。 大雑把すぎるスジですが。
生と死の狭間で、そのシルシのよにたたずんでいる美緒。 その浮標のこちら側の人々は、とてもシンプルな感情を みせざるを得ない。 向こう側に行かんとしている人は、とても穏やかに 最後の時間を共有する。 浮標を見失いそうで我を忘れて泳ぎ続ける五郎。 いやー、「浮標」とは名付けたり、と納得が。
その時代、その時代で、タッチは変われど 新しさを失わない作品じゃないかと思われた。 多分無国籍ではやらないけれど。
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