火葬のときに、保育園で3年受け持ってもらった 保母さんに30年ぶりくらいに再会。 うちのばあちゃんと句会でお友達だったらし。
ばあちゃんと交流のあった ご近所の人々は 小さい頃に多分よくお会いしていると思うのだけど 向こうもわたしもお互いよくわからず。
小さな町なのだけど 火葬場に向かうときと帰りはやはり 霊柩車は道順を変える。 どこか釈然としない慣習と思う。
昨日の夕方から深夜にかけて 父と従兄弟の洋平が智慧をしぼり切って考えていた 本家での通夜の会食のテーブル配置は 仕出しのお膳が、銘々台までついていたため 水の泡に。
通夜の後、従姉妹の伸ちゃんとお香典を計算。 その脇でまた父と洋平が 本葬の段取りを話し始め。 伸ちゃん曰く、今回の合い言葉は 「yes, we can!」
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