| 『呉(ウー)さんの厨房』,『珈琲館』,檸檬屋新宿,ぶち切れメール? |
私をカタログ校正として派遣しているS社の先輩が誘ってくれて、もう一人の校正担当の女性と3人でお昼。先輩のMさんがご主人と知り合いだという『呉(ウー)さんの厨房』。 ランチメニューは1種類しかなくて、ご飯かお粥か選ぶ。デザートもついて800円。 美味しかった。
食後のお茶に『珈琲館』。S社の話。S社所属の女性はシングルマザーが多いとか。
先週言われた朝の掃除のことを聞いてみる。彼女達は掃除をするようには言われていない。 「Aさんには『9:45からつければいい』って言われたんですけど、いいんでしょうか」 「いや、よくないんじゃない。お金のことだから。どっちもよくわかってないのよ。」 「私だったら断るわ。そんなのおかしいわよ。仕事が違うんだから。やるべきではないわ」 「でも『明日からやりません』って言うのも角が立ちますよね。とりあえずやってみて気付いたこと、って感じで話してみます」 ベテランのMさんは「言い難かったら私が言ってあげるわよ」と言ってくれる。
電脳キツネ目組のKMさん、Yさん、OMさんと檸檬屋新宿。従業員のMさんも今日は非番でお客さんとして一緒に飲む。
KMさんは日記の読者で、養老孟司ファンでもあり、名原さんのメールに出てきた『バカの壁』についても解説メールをくれた。
> 養老先生の持論は、人間自身(特に身体)は自然であるということです。 > つまり、人間は絶えず変化しているのに、それに気がつかないのは > 脳(つまり人工物を創った元)のみである。個性・個性というけど、 > 同じ人間はまったくいないので個性があるのは当たり前。 > 人間は自然であるから、脳(人間の意志)が制御しようとしても必ず > その通りにはならない。子供の教育も人間関係も、自分の身体も思い > 通りにならないのは当たり前。 > という考え方で、私は大変好きです。
KMさんが書いている養老説は非常によくわかるけど名原さんの、読まずに語る養老説はさっぱりわからなかった。 名原さんは養老さんとは正反対のこと言ってるのでは?或いは支離滅裂?
キツネ目組の3人は静岡の名原さんの店に行ったことがある。 私はすごく美味しいと思うのだが「そうでもないよ」とYさん。 「あの程度は東京にいくらでもある」「美味しいけど高いね」と皆さん。 なんだ、そうだったのか。悪いことをしてしまった。
OMさんは、名原さんに限らず私が誰かと喧嘩していると 「さくら、そんな奴はまともに相手にするこたあねえよ。時間がもったいねえじゃねえか」と言う。 でも私は喧嘩もコミュニケーションだと思うし、相手が自分を見下しているから自分も見下してやる、というのは好きではない。 鏡になって相手の姿を映し返してやりたい、と思う。
名原さんからメール。今度は短くていいや。言ってることは前と同じ。
> きっかけは七月か、夜打ち合わせで俺が電話したとき酔っぱらって激興口調でベラベ > ラ言いたい事を君がしゃべった、その時からだ。礼儀知らずで自己中心、人との協調 > 性が無い目先の事だけで何が大切なのかが判断出来ない人間だと解った。 > > 人間と社会基盤に実績の無い頭でっかちの根無し草。心にゆとりが無い。他者感覚が > 無い(客観的判断が出来ない)等々。無駄に歳を重ねて来た訳ではない、この指摘は今 > に解る。 > > 仏心、親心を出したつもりで理解してもらうべく俺なりに努力したが無駄だった。 > 黙って去るべきだったと、今は後悔している。幸せを祈る、では。
7月の件は覚えている。7月10日の日記にちょこっと書いているが、私も方針を変えた。 名原さんには言うべきことを言ったまで。素面でも同じことを言っただろう。
反論されると次から次へ「あの時こうだった」「このとき腹が立った」と言ってくるが 思い通りの結果にならなかった恨み、自身の失敗を全て私のせいにしたいのだろうか。 醜く愚かな限り。
「今に解る」って、名原さんはわからないまま一生終えるのか。おめでたいことだ。
私は何一つ後悔していない。
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2003年10月06日(月)
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