無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2005年01月10日(月) 橋本幸治監督、死去/舞台『エデンの南』ほか

 昨日放送されて、録画しておいたNHK『深夜劇場へようこそ』枠の舞台『エデンの南』を見る。
 橋本二十四脚本、山田和也演出という、つまりは昨日見たばかりの『大騒動の小さな家』と同じコンビの作品なのだが、キャストも西村雅彦、雛形あきこ、高橋ひとみ、袴田吉彦、渡辺哲と、殆ど同じである。『エデン』は2002年の公演で、以前もテレビ放送されている。となるとこの芝居、かなり評判を呼んで、その流れで『大騒動』も製作されたとおぼしい。……けれどやっぱり『エデン』もそんなに面白くはないのである。
 嵐で潰れたリンゴ園の従業員たちが、新生活を探して南に旅に出る、そこまでの設定は強引ではあるけれども面白くはある。けれど、行く先々でバイトをしながら新生活に飛びこもうとして飛びこめずに終わるその過程、これが『大騒動』同様、やたらセリフが饒舌なだけでたいした事件もなく退屈で仕方がない。脚本が面白くなりそうで面白くならない、役者の未熟な演技の方が目につく点まで同じなのである。
 思うに、この『エデン』が「そこそこには面白かった」のがよくなかったのではないか。舞台を評価する場合、必ずしも演劇としての完成度が高くなくても、そこに「これから伸びる」要素が感じられれば、期待度を含めて誉めることはよくある。『エデン』も、設定だけなら「面白くなりそう」なのだ。そこを誉められて、脚本、演出、キャストが「勘違い」してしまったのではないか。「このままでいいのだ」と。
 『大騒動』は『エデン』から一歩も先に出るものではなかった。昨日の芝居のラストで、「『大騒動の小さな家2』に続く」とテロップが流れたが、本気で『2』を作るつもりなら、「設定だけでは芝居はできない」ことを誰か橋本さんや山田さんに言ってやる必要があるのではないか。でないと、山田さんが解説で語っていた理想、「芝居が観客を育て、観客が芝居を育てる」状況など、百年経っても生まれようがないと思うのである。

 夕方から寝ていたしげを起こしてお出かけ。
 「ヤマダ電器」でDVDの予約をして、「牛角」で食事。それからキャナルシティへ。
 先日の公演の手伝いをして頂いた富田さん、堤さんの劇団「改FREE’S」の第3回公演を見に行ったのだが、困ったもんで、今回もある事情で公演タイトルや内容を紹介できないらしい(^_^;)。ある程度は具体的なことを書かないと、感想も批評のしようもない。せいぜい「面白いところもあった」くらいしか書けないのである。今後も公演があればぜひ見に行きたいし(公演中、堤さんには流し目頂いたし)、具体的なことが書けるような状況を作って頂きたいものなのだが。


 帰宅して、カートゥーンネットワークで『魔探偵ロキ』『LAST EXILE』の第二話。すごくいい出来とまでは言わないけれども、この2本はそれなりに見続けて行けそうである。本も何冊か読んだが、また長くなるので省略。だから一日にあった出来事を全て書いてくことなんて不可能なんだってば。


 映画監督の橋本幸治氏が、昨9日、心疾患のため死去、享年68。
 つい先日、NHK『さらばゴジラ』に出演されているのを拝見したばかりだった。いつごろ撮影されたものかは分からないが、あれが最後のインタビューだったのか。
 長い助監督生活を経て、『さよならジュピター』で監督昇進、1984年版『ゴジラ』にも抜擢されたにもかかわらず、番組では「『ゴジラ』を最後に引退を決意した」旨のことが語られていた。『ジュピター』も『ゴジラ’84』も、作品としての評価は決して高くない(と言うより誉めてる批評を見たことがない)。ファンの間ではてっきり映画の不出来の責任を取らされて、「干された」のだろうと想像していたのだが、実際には橋本さん自ら、身を処していたのだった。その心情は詳しく紹介されなかったが、推して知るべしというところだろうか。
 オタクアミーゴスの公演で唐沢俊一さんが橋本監督について紹介していたエピソードだが、「『さよならジュピター』を監督していたとき、製作総指揮の小松左京が主題歌を×曲も入れようとしたのを橋本監督がなんとか4曲にまで減らした。そのことだけでこの監督はたいした人だと思った」(×の数字は6から9くらいまで随時変わる)ということである。古くからのSF・特撮ファンなら先刻ご承知だろうが、「日本初の本格的SF映画」と銘打ったあの映画の中で、松任谷由美と杉田二郎のなんともふやけたニューミュージックがやたら流れて、当時の観客に滂沱の涙を流させたのである(もちろん感動の涙などではない)。
 特に、ジュピター教団の教祖役の杉田二郎(今見ると例のグ○氏にソックリである)が、可愛がっていたイルカの「ジュピター」が死んでしまって悲しみの余り即興で作った「さよならジュピター」、これがもう空前絶後の駄曲なのだ(あのタイトルの「ジュピター」って、木星のことじゃなくてイルカのことだったんですよ、奥さん!)。「きみはー、とてもー、おおきーくてー」なんて腐れた歌詞を聞かせられて、内心「やめてー!」と悲鳴を上げていた観客は当時ごちゃまんといたはずだ。……今でも劇場の雰囲気を覚えているが、「オレたちは今こここに座ってなんでこんな映画見せられてるんだろう?」という脱力感が一面に漂っていた。
 もちろん『ジュピター』のどうしょうもないところはそんな「歌」程度のものではないのだが、諸悪の根源は小松左京御大にあったと言えなくもない(なんたって、テレビ番組に出た時、「この映画の見所は?」と司会者に聞かれて、「無重力セックス!」「……ほかの見所は?」「無重力セックス!」と答えたヒトである)。けれど、『ゴジラ』の出来が結局アレで、しかもエンディングでザ・スターシスターズというなんやよう分からん外国人女性グループに『GODZILLA(愛のテーマ)』を歌わせて、再度ファンを脱力させたことを考えると、やはり橋本監督にも何か「ズレ」があったことは否めないと思うのである。
 監督になった時期も悪かったのかもしれない。実際に、映画を殆ど自社製作しなくなっていた当時の東宝(今でもそうだが)では、映画製作に当たって監督として立てることができたのは橋本監督以外にいなかった。しかも『ジュピター』も『ゴジラ』も自分で企画を立てて作りたいものを作ったわけではない。結局、この二作だけでは「橋本監督はどういう映画監督だったのか」、分析することは困難なのである。
 橋本監督は東宝に監督としての生命を殺されてしまったのだろうか。そう考えると、『ジュピター』も『ゴジラ』も、駄作と言うよりも「兵どもが夢の跡」、刀折れ矢尽きた悲しい遺骸として見えてくる。『ゴジラ』のラストシーンで、首相役の小林桂樹はゴジラの死に涙を流す。いったい何の涙なのか、当時の観客は脈絡の分からぬその涙に失笑し、あるいは大笑いした。私も失笑したその一人であったのだが、その後の十数本に及ぶ愚作の歴史を思うにつけ、今はもうあのシーンを見て笑うことはできなくなった。今思うに、あれは橋本監督自身の涙だったのかもしれない。

2003年01月10日(金) また仕事休みました/『ドラゴンボール完全版』1・2巻(鳥山明)/『プリティフェイス』2巻(叶恭弘)ほか
2002年01月10日(木) ヒメ様ご出座/アニメ『七人のナナ』第1話/『トランジスタにヴィーナス』3巻(竹本泉)ほか
2001年01月10日(水) 史上最悪の日/アニメ『プロジェクトA子』



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