無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年11月09日(火) 『笑の大学』余燼/映画『80デイズ』

 映画版『笑の大学』を見て以来、しげの機嫌が頗る悪い。『キネマ旬報』の映画評を読んで(評者によって賛否は分かれている)、「ねえ、あとで弁償するから、この雑誌、破いていい?」と来たもんだ。「鬱憤晴らしたいなら外で叫んでこい!」とどやしつけたけど。私もエンディングロール見ながら石投げつけたくなったから、気持ちは分からないでもないのだが。
 『笑の大学』は、劇団のメンツで一緒に見に行こうかという計画があったのだが、スケジュールが合わずに結局断念した。でもツアーを組まなくて正解だったかなと思う。
 大人数で映画を見に行けば、当然、一人一人の意見の違いが生ずる場合だってある。そこで自由にモノが言えなかったら、そもそも一緒に映画を見に行く意味なんてないと思うのだが、中に頭でっかちなヤツが混じっていると、往々にして次のようなしたくもない応酬が行われたりするのである。
 「今日の映画、すっごい素敵でしたね! 私、大感動しちゃいました!」
 「そうかあ? 脚本は穴だらけだし、演出は陳腐で退屈、役者の演技に至っては素人以下で、見てて吐き気がしたけど」
 「ひ、ひ、ひどい! 私は面白かったのに、それを貶すなんてヒドイ!」
 「思ったこと言ってるだけじゃんかよ。何が悪いんだよ」
 「あの映画の素晴らしさが分からないなんて、アナタは人として何かが欠けてます! ええそうですともアナタは人間じゃありません、ケダモノですゲドウですアクマです!」
 「なんでそこまで言われなきゃなんないんだよ! つまらなかったものを無理して誉める方がどうかしてるだろ!?」
 「そんなにイヤなら初めから見に来なきゃいいじゃないですか!」
 「見る前からつまらないかどうかなんて決められるか! 時空を捻じ曲げた難癖つけてんじゃねえ!」
 ……こういう理不尽な目にあった人、たくさんいらっしゃるでしょうね。ホントによう、この手の「イヤなら見るな」って屁理屈が通ると思ってる野糞野郎どもがごちゃまんといるからねえ。場合によっては、映画を作ったスタッフとかがこんなこと言ったりするんだよ、情けねえ。だったら「見ろ」って宣伝してんじゃねえや。公共に提示されたものなら、批判を受けることだってあり得るんだから、それにいちいち怒るくらいなら、ハナから映画なんぞ作るなって。
 私ゃ自分が面白く思った映画を貶されても「視点が違うからしゃあないなあ」で終わるんだけれども、世の中、「自分の判断が絶対」って信じてる人間がやたらいるのだ。今更ながらだけれども、一応、注をつけておくとね、そういう「自己中」野郎と、そうでない人間との簡単な見分け方はね、「自分の判断を貶されて、怒るか怒らないか」なの。「貶されたら怒るのは当たり前じゃん!」と仰る御仁は、その時点で世間的には「あほ」だと判別されるので、ご注意ね。でもね、悲しいことに、そういう「あほ」の数も昔に比べていやになるほど増えちゃってるんでね、いくら私が「いちいち怒るな」って言ってもね、「バカにされたら怒って当たり前だ!」と堂々と主張するようなとっちゃんぼうや、全然減らないのよ。だって、そういうやつらほど群れなしてお互いを認知しあってるから、いつまで経っても自分が世間に迷惑撒き散らしてる存在なのか気がつかないままなのね。筒井康隆の『農協月へ行く』を想起して貰えれば私がどういう連中のことを指して言ってるか分かると思うけど、そういうのを「猿山の猿」って言うのよ。
 うちの劇団のメンバーにそこまでお軽いアタマの持ち主がいるとは思わないけれども、意見の相違はやはりあろうと思うのだ。特に舞台版を見たことがなくて、映画版だけを見た人だと、「面白い」部分も確かに残っちゃいるので、あれを「傑作」と勘違いしてしまう可能性だって大なのである。ネットでも舞台を見ている人の批評で映画版を称賛しているものは殆ど見かけないのだが、舞台未体験者に向かって、あの映画がいかに舞台を映画に移し変える際に失敗しまくっているか、口が酸っぱくなるくらい唾を飛ばして説明したところで、ピンと来ることはないんじゃないかという危惧がある。だとしたら私が言えることは「ともかく舞台の方を見てよ」しかないのだが、DVDも販売されてはいないし、私がエアチェックしたビデオを貸してあげるしか手はない。……でもそれって「押しつけ」になっちゃうんだよなあ。そこまでして舞台版を見てほしいかというと、それほどまでには舞台版も評価しちゃいないんでねえ。三谷さんの舞台で見せるのなら、まだ『出口なし!』の方が面白かったし、そっちの方を見せたいと思うのである。まあ、結局、映画見たあと、たいして会話が弾むわけでもないやな、と思えるので、みんなで見に行かなくてよかったかなあ、と思う次第なのである。


 今日も仕事がちょっと遅くなって、しげとの待ち合わせが6時半。
 朝方、「今日は6時は過ぎるよ」と伝えておいたのだが、聞いたそばから忘れていたしげ、4時に職場に着いていた。2時間半駐車場で待ちぼうけしていた勘定になるが、これは私のせいではない。なのに「聞いたことなんて、忘れるに決まってるやろ!? 『何時になる』ってメールで送ってよ!」なんて言うのである。理不尽にも程があるというものだ。だったら自分でメモしとけよなあ(-_-;)。
 だいたいのうたりんなしげは、今日、なぜ待ち合わせをしていたかまで忘れていたのである。
 「……さあ、帰るか」
 「帰るって、映画はどうする?」
 「なんか見るのあったっけ?」
 「お前、昨日『80デイズ』見るって言ってたろう!」
 「ああ、そうだった! よく覚えてたね」
 「自分から言ってたこと忘れるな!」
 しかも、待ちくたびれてやたら寂しくなったのか、車に乗ってる間、「ねえ、オレのこと好き?」とか言って絡んでくるし(運転しているのでホントに絡んでは来ない)。
 「ねえ、オレのこと今でも好き?」
 「別にオレは変わらないよ」
 「別れてもやっぱり好き?」
 「別れたいのかよ、お前は」
 「別れることになったらだよう」
 「オレの方から別れるつもりはないから、仮定の話はできんな。別れるとしたらお前がほかのやつを好きになった場合だけど、そのときはオレがお前のことを好きかどうかなんて関係なくないじゃん」
 「その時も、アンタはオレを引きとめんっちゃろ?」
 「うん」
 「ドラマがなくてつまんない〜」
 「無理矢理ドラマにするな! お前がオレと別れたくなったらそれでおしまいってだけだから、楽だろ?」
 「楽じゃないよ。離婚には絶対エネルギーが要るよ。ハンコ押すだけでも大変だし」
 「どう大変なんだよ」
 「旧姓のハンコ作るのがめんどくさい」
 ……それが理由かい(-_-;)。しげの話にマトモに乗ると必ず疲れたオチがつくのだが、平日の、しかも週明け間もない頃にこれをやられると一週間がすごく長く感じられてしまうので、やめてほしいのである。って、平日に付き合わなきゃいいんだけどねえ。そうもいかないしねえ。

 キャナルシティに着いて、しげに今度の公演の美術セットの模型を見せてもらう。模型と言っても紙製の簡単なものではあるが、イメージが伝わるものであればそれで充分である。製作したのは細川嬢。
 最近、彼女の株は我々の間でぐんぐん上がっていて、しげなどは次回公演の美術も頼めたら頼みたい、と言ってるほどなのだが、実際モデルを見てみると、簡素な中に機能とデザインの調和が取れていて、なかなか見事なものである。なるほど、プロを目指してるだけのことはあるなあ。会場のアクロスは円形舞台なので、その舞台構造を生かした袖幕の引き方も難しかろうと考えていたのだが、その問題点があるアイデアで美しくクリアーされていたのだ。全く感服。
 ただ、模型だとどうしても布の質感が分からないので、イメージイラストを描いてもらえればよかったか。実際にセッティングを担当するのは其ノ他君だから、その方がイメージを伝えやすいと思うのである。


 映画『80デイズ』、これまで何度も映像化されてきたジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』のリメイクであるが、ほぼジャッキー・チェン演じるパスパルトゥーが主役のアクション映画といってよく、ハリウッド製のジャッキー映画としては『ラッシュアワー』や『上海ヌーン』シリーズよりもアクション度において満足度は高い。なんたって後半に至るまで殆ど追っかけに次ぐ追っかけ、アクションに次ぐアクションなんだから、ジャッキーファンとしてはようやくハリウッド映画でもジャッキーの真骨頂を見せてくれた! と嬉しくなるばかりである。いやまさか、『酔拳』とまでリンクしてくるとはビックリ(ただし、ウォン・フェイフォンを演じるのはジャッキーではなく、サモ・ハン。……太り過ぎだって! よく動いてるけど)。
 どうして見るからに中国人であるジャッキーがフランス人であるパスパルトゥーを演じられるのかと疑問に思っていたのだが、フォッグ氏には「こう見えてもフランス人です」と正体を隠してウソをついていたのであった。って信じるなよフォッグ氏!(^_^;) 
 こういう無理矢理ギャグは好き嫌いが分かれるだろうが、エリック・アイドル主演の『ナンズ・オン・ザ・ラン』にも同様に、アイドルが「ぼくってインド人じゃなかったの!?」とショックを受ける無理矢理なギャグがあって、こういう“パイソン風”の笑いは大好きなのである。ジョン・クリーズがカメオ出演していたのは、監督のオマージュもあると見た。
 ただ、ジャッキーが前面に出た分だけ、原作のゴージャスな世界旅行記としての印象は薄れてしまっているので、原作ファンには不満かもしれない。ヨコハマにも立ち寄らないし、未見の方にご注意しておくが、あくまで「ジャッキー映画」を楽しむ感覚で見に行かれたらよろしかろう。


 作家の南條範夫氏が、10月30日に肺炎のため死去していたことが判明、享年96。
 この人についても書き出したらキリがない。映像化された作品がやはり親しみ深く、『武士道残酷物語』『元禄太平記』『月影兵庫』『からみ合い』などがすぐに思い浮かぶ。もっとも原作をかなり換骨奪胎したものが多いんだけど。
 近衛十四郎の『素浪人月影兵庫』が、あまりに原作とかけ離れた内容になってしまって、原作者からクレームがつき、途中から「顔は同じだけれども全くの別人」という設定で『素浪人花山大吉』というタイトルになったのは有名(このシリーズも今の若い人たちに見てもらいたいんだよなあ)。大衆作家に括られてはいても、社会派的な作品を数多く書いており、その映像化に関しても一家言があったのだと思われる。『元禄太平記』は数ある忠臣蔵小説の中でも、「敵方」である柳沢保明(後の吉保)を中心に描いた点で、私の最も好きな作品であった。ドラマの石坂浩二も酷薄でよかったなあ。

2002年11月09日(土) 探偵って卑下しなきゃならない商売なのかね/映画『トリック 劇場版』
2001年11月09日(金) いちまんななせんえんの幸福/『GUN BLAZE WEST』2・3巻(和月伸宏)ほか
2000年11月09日(木) だって猿なんだもん/『グーグーだって猫である』(大島弓子)ほか



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