無責任賛歌
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記




ホームページプロフィール掲示板「トーキング・ヘッド」メール
藤原敬之(ふじわら・けいし)

↑エンピツ投票ボタン(押すとコメントが変わります)
My追加


2003年06月15日(日) 父の日に父から奢られる話/映画『ロスト・イン・ラ・マンチャ』/『20周年アニバーサリー 死霊のはらわた』

 昨日の日記の続き。

 博多駅に6時半に到着。先に手早く食事を取ることにする。
 バスステーションの地下のオープンベーカリーで、カレーパンにチーズパン。しげはグラタンを食べるが、寝起きなせいですぐに胃にもたれる。そうなるとわかってて「でも食べるもん」と言うのだから処置なしである。


 シネリーブル博多駅で、『ロスト・イン・ラ・マンチャ』。
 本来、この作品はテリー・ギリアムによる『ドン・キホーテを殺した男』のメイキングになる予定であった。
 ところが、数々の予想も出来ないアクシデントにより、制作は撮影開始後わずか6日で頓挫してしまう。
 ハリウッドに総スカンされてヨーロッパでの全面製作への変更、スポンサーの突然の出資拒否による制作規模の縮小(それでも4000万ドルから3200万ドルにちょっと下がっただけ。最低でもそれくらいはないとギリアムのイメージを具現化できないのだ)。
 役者が来なくてリハーサルもできない。せっかく作った道具は作りなおし。セットを組むスタジオに行ったら防音設備がないことを知ってキャンセル。撮影前からどんどん悪い知らせばかりが届く。監督は叫ぶ。
 「FRAGILE!(ぶっ壊れそうだ!)」
 ようやくドン・キホーテ役のジャン・ロシュフォールが到着、タイムスリップしてサンチョ・パンサに間違われる現代の青年トビー役のジョニー・デップと意気投合する。ようやく雰囲気は上向きになるかに思えた。
 ところが撮影第一日。エキストラのリハーサルが出来ていない。ロケ地はなんとNASAの基地の近くであった。1時間置きに飛んでくるF−16の爆音。それでも撮影を強行するギリアム監督。
 二日目。
 突然の雷雨。撮影機材がアッという間に濁流に流された……。

 このあと、どんな不運が映画を襲ったかは詳述しないでおこう。あまりに見るに忍びないからだ。結果的に、この映画は「完成しなかった映画のメイキング」という奇妙なものになった。
 子供のような嬉々とした表情のギリアム監督の顔がどんどん険しく、厳しく、暗澹たる影に覆われていく過程は見ていて辛い。

 反面、疑問も生まれはする。なぜここまで不運がギリアム監督を襲うのか? スタジオやロケ地の選定など、事前に調べようとすれば出来ないはずはなかったのではないか。あまりにも不自然である。
 パンフレットでミルクマン斎藤氏と行定勲氏が推理する。この映画そのものが実は「フェイク」なのではないかと。初めから「メイキング」としての映画を作ったのではないかと。
 その可能性も考えられないではない。しかし、そうだとしても『ドン・キホーテを殺した男』が未だに作られていない、という事実に変わりはない。そしてギリアムは、まさしく自らの集大成かつ渾身のエンタテインメントとして、今もなお『ドン・キホーテ』を作ろうと決意しているのだ。
 ホンモノだろうと、フェイクだろうと、この映画の収入が、少しでもギリアム監督の映画制作のための資金になるのならと、喜んで映画を見に来るファンもたくさんいるだろう。なぜなら彼らは知っているからだ。
 ギリアム監督の映画にかける情熱が、同じくホンモノなのだということを。

 見終わっていったん外に出る。
 このままもう1度中に入って、今度はレイトショー『20周年アニバーサリー 死霊のはらわた』を見るのだが、既に外には長蛇の列が出来ている。
 最前列に並んでいるヒゲヅラの若者二人とふと目が合って驚く。昔の知り合いである。
 「何でこんなとこにいるんですか?!」
 「いや、今、映画一本見て今度は『死霊のはらわた』見ようと思って」
 「……さすがですねえ」
 何がさすがなんだかよく分らないが、しばらくぶりだったので、近況などを語り合う。一人は昔から映像関係の仕事をしたがっていたが、今や自分で映像制作会社を立ち上げて、イベントのオープニング映像などを何本も手がけているそうだ。
 「まだ、夢、捨ててませんよ。いつか劇映画撮ります」
 「いいねえ。山村浩二さんの例もあるし、やれるんじゃない?」
 随分お気楽に保障しちゃったが、もう作品作って生活も出来ているのなら、そう不可能なことでもあるまい。
 今日は、このレイトショーの主催の方が知り合いなので、応援のつもりで来館したとのこと。数日前の西日本新聞で、その金丸さんという方のインタビューが記事になっていて、「福岡にもっとホラー映画を根付かせたい」と語っていたことに意気を感じていたのだが、まさか知り合いの知り合いだとは思ってもみなかった。

 上映前に友成純一さんのトークショー。
 『幻影城』デビュー当時から友成さんの原稿は好きで読んでいたのだが、いきなり「私の原稿、町山君が結構、手を入れててねえ」と切り出したのには驚いた。町山君というのはもちろん映画評論家の町山智浩氏のことである。友成さんが大雑把な性格なのに対して、町山氏はデータに細かい几帳面な性格。だもんで、友成さんが適当な原稿を書くと、町山さんが不備を正して、更にはウンチクを「勝手に」付け加えてくれるのだそうな。
 「ファンから、『さすが友成さん、よく知ってますねえ』なんて言われるんだけど、書いた覚えないんだよ」
 と笑っておられたが確かに友成さん自身は大雑把な性格のようだ。普通はそこで困っちゃうものだと思うけど。
 サム・ライミとシッチェス映画祭で初めて会ったときのエピソードも面白かった。なんとサム・ライミの方からいきなり友成さんに声をかけてきたそうだ。
 「オウ、オマエ、ニポン人カ? アニメ好キカ? マンガ好キカ? ニポンノアニメノコト、イロイロ、教エロヤ」
 ってな調子だったそうだ。サム・ライミが日本のマンガオタクだったことは知ってたが、見も知らぬ日本人にいきなり声をかけるほどのやつだったとはなあ(^_^;)。
 今やすっかり下火になってしまったスプラッタ・ムービーだが、友成さんはそれを1980年代のビデオデッキの普及とバブル経済と重ねて説明する。それ以前ならお蔵入りになってしかるべき映画が、ビデオで簡単に見られるようになったこと、これが大きいと仰る。
 「で、バブルが弾けてスプラッタもはじけちゃったと」
 何かオチがついたところで、いよいよ『死霊のはらわた』の上映である。
 友成さん曰く、この映画の見所は、「ヒロインが襲われるシーンの色気のなさ」だそうな。普通、ホラー映画はエロ映画でもある。ところが敬虔なユダヤ教徒であるサム・ライミは、どうしても女性に対してオクテな描き方しかできないんだそうである。『ダークマン』しかり、『スパイダーマン』しかり。そう言われるとそんな気がしてくるような。

 今更これだけ有名な映画を説明するのもなんだかなあ、と思うのだが、実は私はこれが初見なのである。パート3の『キャプテン・スーパーマーケット』は見てるんだけどね。
 3はすっかりお笑いになっちゃってたんだけど、第1作はマトモなホラー映画かと思ってたら、やっぱりどこかヘンなのであった。一応ニュープリントなんだろうけれど、どうも色調自体が70年代っぽく見えて古臭い。当時も多分「古い」と思われてたんじゃないか。
 もう、山小屋に5人が向かうファーストシーンから、作りが適当なことと言ったら。色調はカットごとに変わるし、ブルース・キャンベルの隣の女の子がカットごとに消えたり現れたり。テリー・ギリアムが見たら怒るぞ(^_^;)。
 トラックとのすれ違いショックシーンも全く無意味。でも、山小屋に入った途端、演出が急に懲り出す。漏れ込む光に揺らめく埃、斜めのアングルを多用して画面に不安感を与えるのは『第三の男』のテクニックだ。
 「自分が何を撮りたいか」が、ハッキリとわかる。確かに80年代にこれを見ていたら、「俺もこんな好き勝手に映画を撮ってみたい」と思ったかもしれない。
 でも「撮りたいものを撮った」からと言って、面白くなったかどうかってのは、まあ、こういうのはカルトだからねえ。どんなに気持ち悪いメイクして「悪霊憑き」を演じても、「メイクじゃん」としか思わないので全然怖くないのである。隠れて、次にどこに出てくるかもわかるし。
 一度死んでも蘇えってくるので、これも一種のゾンビなんだろうが、目を閉じて死んだフリしてキャンベルを襲う、なんてドリフみたいなギャグ、やるかな、フツー(^_^;)。
 しかし、このチープな映画の監督さんが今や、ねえ。
 しげは映画の間中、やはり私の指を握りっぱなし。手を握るのではなく指を握るのである。手を離しても離しても握りしめてくる。おかげでまた映画が終わったころには左の手の感覚がなくなってしまっていた。だからおまえ、フツーの女より握力倍あるんだから、少しは手加減してくれ。

 帰りに「めしや丼」に寄って「彩(いろどり)弁当。小分けにしたオカズはお煮しめ、掻揚げ、かしわ、ミニバーグ、芋の煮っころがし、冷奴、野菜の天麩羅など。実に健康的なことである。




 でもって今日の日記。

 ゆっくり朝寝をするはずが、またまた七時前に早起き。
 だもんで、休日の朝の特撮・アニメ三昧。しげは芝居の練習に、といういつもの日曜の始まりである。
 なんだかお爺さんは柴刈りにお婆さんは洗濯にという雰囲気だが、桃がどこかから流れてくる気配はない(←面白いのか?)。
 『金色のガッシュベル!!』、ついにフォルゴレとキャンチョメが登場。私ゃ本筋に関係ないこういう脱力ギャグ編の方が好きだな。いやもう、ただひたすら「チチをほげ」の無意味さ、下らなさね。ああ、ちゃんとメロディーあったんだ、この曲、って感じでした。
 『鉄腕アトム』は斜め見。なんかこないだの天馬博士の「私は神だ」発言で、ちょっと続けて見る興味が薄れてしまったんである。ロボットサーカス団に育てられた少年の話って……。これ、『アトム誕生』の焼き直し? まあ、結末が見える分、お話自体もそんなに面白くないのであった。


 昼寝して、起きて、また寝て、もう一度起きて日記書き。
 ちょっと更新が追いついたら、一日に書く分量がまた長くなってしまって、すぐ疲れてしまうのである。もちっと簡単に書きゃいいものだが、やっぱ面白い本を読んだりしたら、つい書いておきたくなるのだね。
 でも、書いても書いても終わらない(-_-;)。いい加減でハショるが、それでも規定枚数の20枚は軽く突破してしまうのである。
 もう、ほかに読んだ本のや見たテレビの感想とか、ニュースについての意見とか、そんなものは書いてる余裕がないのである。


 夕方、父から電話。
 父の日の晩餐に誘われたのだが、しげがまだ練習から帰ってこない。あわててしげに連絡を入れるが、渋滞に巻き込まれているとのこと。
 「鴉丸が布団買うって言うから、運んできた」
 「そりゃいいけど間に合うように帰ってこいよ」
 6時10分、ようやくしげが帰ってくるが、待ち合わせは6時半である。本当は店まで二人で歩いていく予定だったのだが、とても間に合いそうにないので、車で行くことにする。
 今日のしげのいでたちは、ゴリラの顔のTシャツの上に水墨画風の虎の絵をあしらったアロハ。しかも黄色くて細長い釣り目気味のサングラスなんかをかけてるものだから、見るからにチンピラヤクザである。
 「いいっしょ?」
 とかなんとか言ってるが、そんな格好で街中でヘンなやつに絡まれたらどうするつもりだ。もともと頭が悪いからって、なんであえて頭の悪い格好をしなきゃならんのか。やっぱり頭が悪いからだろう。せめてサングラスだけは外させる。

 店はかに料理「甲羅本店」。本店と言っても店の名前がそうなので、本当の本店は熊本にある。福岡も昔に比べて、かに料理の専門店が増えた。
 6時25分に到着したが、父と姉はもう着いて待っていた。あと、姉のご両親がまだ来ていない(こう書くとヘンな感じだが、実の姉ではないのでこういう表現になるのも仕方がないのである)。
 何でカニなんだろうと思っていたら、父が割引のハガキをもらっていたのだった。コースを頼むと、一品サービス品が着いてくるのである。
 せっかちな父、姉のご両親が到着する前に料理を注文する。でもこれがうまい判断で、お二人が来られたころにタイミングよく料理が並んだ。
 「初夏の特別企画」とやらで、ずわいがにの姿会席。
 父、あまり面白くもなさそうな淡々とした口調で、「いつもタラバガニばかり食べとうけん、今日はズワイで」なんて、庶民にあるまじきことを言う。カニなんて、わしゃ、もう何ヶ月も食ってないぞ。しかも食ったのだってバイキングの安いカニだ。仕事、繁盛してないって言ってるわりにはずいぶん贅沢してるんだなあ。
 しげ、カニをうまく食べられるか心配していたが、たいてい今のカニは食べやすく割ってあるのである。それに、関節のところでうまく折って引っ張れば、簡単にツルッと身が出る。ところが不器用なしげ、これがなかなかできないのである。何本も失敗して、ようやくうまく引っ張り出せた途端、喜んで見せびらかす。ああ、なんて子供。でも格好はチンピラ(-_-;)。
 ズワイ姿のほか、料理はかに刺身、ずわい陶板焼、かにのにんにく蒸し、かに天麩羅、グラタンパイ包み、かに雑炊。刺身はやはり身がぷりぷりしていて一番美味しい。父、「ずわいも案外よかやないか」とまたエラソウなことを言う。
 さすがにこれだけ多いと、姉の御両親は全部は食べきれない。最後に出て来た雑炊が五杯分くらい余ったので、必然的に始末は私としげがすることになる。こうなることは予測していたので、今日は朝も昼も食ってこなかったが、いくらカロリーが低いからといって、一日の食事がほとんどカニのみってのもねえ。

 食事を終えて、父たちと別れたあと、散歩がてら「ブックセンターほんだ」へ。もっとも今は一文無しなので、ただの冷やかし。
 帰宅してまた日記書き。チャットはヨナさんと。
 ペプシを飲んだコカコーラの社員が解雇されたとか、渡部高志監督のパンチラアニメの新作(なぜか『三国志』ネタ)とか、実写板『サンダーバード』とか、ブリトニー・スピアーズの乳揺れ人形とか、三面記事ネタでいろいろ笑う。国際情勢より、こういう卑俗で下らないバカなネタで笑ってたほうが、ずっと平和だと思うんである。


 マンガ、岩明均『寄生獣 完全板』7巻(講談社/アフタヌーンKCデラックス・900円)。
 途中の巻の感想書かずに飛ばしちゃってるような気もするが、まあいいや。あと1巻くらいで完結かな?
 人間対寄生獣の本格的な、最初の戦い。そこで広川市長の口から初めて語られる「人間こそ寄生獣」の言葉。岩明均がストーリーテラーだと言うのは、この作品が発表された9年前ですら陳腐に聞こえかねないこの手のセリフを、ドラマの最も効果的な部分で思いもかけない人物に語らせることによって、説得力を持たせている点である。これ、主役の泉新一が言っちゃ、ただのセンチメンタリズムになっちゃうんだよねえ。
 しかし広川は自分が「寄生生物」だと思いこんでいたのかなあ。こいつの過去とかもどんなだったかちょっと知りたい感じだったんだが。

2002年06月15日(土) 大宰府の赤い橋/DVD『幕末未来人』1〜3/DVD『ピンクレディ&ジェフ』
2001年06月15日(金) 毎日がクイズです/映画『大菩薩峠 第二部』(1958・東映)



↑エンピツ投票ボタン
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記

☆劇団メンバー日記リンク☆


藤原敬之(ふじわら・けいし)