無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年10月02日(水) もうあのクニについて書くのはやめようかな/ドラマ『迷路荘の惨劇』/『よみきり▽もの』3巻(竹本泉)ほか

 東京行きが近づいているので、ちっとばかし食費も節約。
 ここんとこ一週間ばかり、職場の弁当400円を360円の定食に変えているのである。カロリー配分から行けば幕の内式の弁当のほうがバランスはいいのだが、40円の浮きも1年経てば馬鹿にならない。
 それでゆうにDVDが一本は買える。って、使っちゃ意味ないじゃん(-_-;)。
 実は本を買うのも控えてたんだが、いつの間にかしげが新刊を何冊も買って来ていた。おお、これで2千円くらい浮いたぞその分DVDに……。
 バーミヤンで夕食。
 しげはやっぱりエビマヨネーズ。あとホイコーローとつけ麺。
 しげ、いつになく少食。昼寝てないので(またかい)、眠いそうな。居眠り運転されないうちにさっさと帰る。


 あっくそ、今日からアニメ『スパイラル』が始まってたんだった。
 ミステリーものは一応つまんなくてもチェックしようと思ってたのに、ついうっかりビデオにゃ『歌ふ狸御殿』をセットしちまってたい。
 まあ、二回目以降見て面白ければ改めてDVDで第1話を見る楽しみができていいけど。つまんなきゃ、1回目見逃したって別にどうってことないんである。


 夕刊に「横田めぐみさん『自殺』」の文字がデカデカと踊っている。あまりにデカイので、かえってなんでそこまで、と思ってしまうのだが、これまで拉致事件を放置して来た新聞社の、自らの罪の意識を糊塗する心理がそこに働いてると考えるのは、それほど的外れではあるまい。
 北朝鮮を訪問した政府調査団が作成した調査報告書では、
 ①生存する拉致被害者5人と面談し、本人と断定したが、5人は帰国に消極的だった。
 ②曽我ひとみさんは調査団に「母(ミヨシさん)と一緒に拉致された」と語った。
 ③横田めぐみさんは「精神病」となり、自殺した。
 ④松木薫さんと見られる遺骨を持ち帰ったが、他の人の墓は1995年の洪水で流された。
 ⑤拉致事件の責任者の一人は死刑になった。
 などが示された。
 もちろん、被害者家族は「北朝鮮の説明は不自然で信用できない」と反発しているのだけれど、では横田さんほかの方々が生きている可能性があるかというと、冷静に考えればその可能性は低いと言わざるを得ない。
 拉致被害者が生きているのに死んでいると発表しなければならないメリットは今の北朝鮮にはないし、もし生きているとしても、全く別の顔、別の名前、別の人生を歩かされてるはずで、となればやはり家族に会えるチャンスは全くなくなったと言っていい。

 「めぐみは自殺するような子ではない」と訴えるめぐみさんの母や、他の残された家族たちの心の痛みに思いを致さないわけではないが、家族が癒される真相が提示されることはまずあるまい。それでもなお「真相」に拘る人々が、怒りに駆られ、判断力を失っていることは、哀しいことだが事実だ。
 テレビで、ご家族の方々の悲しみに沈み、怒りに震える姿を見ていると、批判的なことを口にするのが憚られるのだが、やはり、あの人たちの一部の方の激昂しているときの表情、口吻を見ていると、さも「我等の怒りは日本の怒り」と思いこんでいるような独善がまま見受けられる。そういう一つの色で日本人をくくってしまわれては困る、と考える日本人も少なくないのではないか。私だって、北朝鮮を批判的に捉えてはいるが、彼らに対しては怒ってもいないし、憎んでもいない。それは、直接の被害を受けたわけではない立場である以上、「憎む」という行為自体が過剰反応でしかない、という判断があるからである。そういった、事態を静観する態度を、さも「冷血漢」だの「人非人」だの「非国民」だのと捉えるような風潮が作られつつあるようで、私は北朝鮮の恐怖よりもそちらの方がよっぽど身近にあって怖い。
 洗脳を行っている国の人間に対して、怒りを持ったところでどうにもならないではないか。じゃあ、洗脳してる人間だけを責めればいいかというとそうとも言えない。洗脳という行為は、その術者に対してもフィードバックされ、逆洗脳という形態を取ることがしばしばだからである。
 だとしたら、彼らに対して行わなければならないのは怒りをぶつけることではなくて「治療」でしょ?
 文化相対主義で行けば、そもそも北朝鮮とも韓国とも日本は付き合えないのは解りきってる。それでもなお国交正常化を図るというのなら、彼らの洗脳を解くことから始めなけりゃしょうがない。彼らは病気なんである。病人に対応するように接しなきゃならないんである。なのに、医者が患者に対してヒステリックに怒ってちゃ、話にならないのである。

 ご家族の方々に怒りや憎しみを捨てろ、などとキレイゴトを言いたいわけではない。だが、「早く拉致されたあの子に会いたい」と願うご家族もいるのに、「調査が不充分な段階で面会したくはない」と、全員に一律的な行動を取らせるあたりに、私はどうしてもキナクサイものを感じないではいられないのだ。
 愛する家族と引き離されたら、「一刻も早く会いたい」という感情のほうが先に立つものではないのか? 政府批判より、北朝鮮憎しより、ともかく会わせてくれ、という気持ちの方が湧き上がって来るんじゃないのか? 私がしげを拉致されてたら、「もう少し待たねば」なんて言ってるやつが仲間うちにいたら、そいつのこと、絶対ぶん殴ってるぞ。っつーか、もともとああいう家族同士の連携自体、初めから取らないと思うけど。
 
 政府は、「家族の思いを第一に、今後の調査にあたる」と答弁している。小泉首相も同様の発言をしていたが、これがリップサービスとすら言えない姑息なゴマカシ以外のナニモノでもないことは、端から見ている者にはハッキリ分る。家族の思いを第一にしちゃったら、北朝鮮の体制そのものを批判していくしかなくなっちゃうのだ。いかにアメリカの後押しがあるとは言え、別に弱腰が改まったわけでもない日本政府が、それほど強く北朝鮮に当たれるものかどうか。
 もちろん、国内の世論のことを考えたら、そう言うしかないことも分りはする。けれど、だいたい「弱腰、弱腰」って批判してるけど、政治家がちょっと強い態度に出たら、右だろうと左だろうと、「あれはヒトラーだ」「ファシズムだ独裁だ」とクソミソに貶して骨抜きにして来たのは、やっぱりマスコミだったし、「世論」ってやつだったじゃないか。「NOと言えよ」なんてセリフ、誰がどの口で言えるってんだ。
 北朝鮮がウソをついているとすれば、横田さんの死の事実そのものではなく、死因だろう。仮に横田さんが発表通り自殺したのだとしても、そこまで彼女を追い込んだ原因はなにか。そこに「北朝鮮を憎むべき理由」を見出すことはたやすいことだ。家族の追求通りに調査を続けることは、憎しみに基づいて相手を疑うということであり、たとえ真相がわかったとしても、やはり変わらず北朝鮮を憎み続けるということでもある。いや、憎しみではない、理性的な批判だとおっしゃる方もおられようが、批判と憎しみを明確に区別できる人間なんて、そうそういるものではない。せいぜい怒りにオブラートがかかるか、屈折した形で現れるだけである。
 誰かを憎み続けることでしかアイデンティティを保てない人間の醜さは、それこそ北朝鮮や韓国を見てきて日本人はいい加減、ウンザリしてきたのではなかったかね? それと同じく、「朝鮮人を許すな」キャンペーンを、張ろうとしている連中が、実はそこいら中にウヨウヨしてるんじゃないか。彼らの矛先は、果たして政府や北朝鮮にだけ向けられるものだろうか? 気がついたら、世間の情報に疎い人間に、なにやら「非国民」的レッテルが張られようとしているのではないか。私にはそちらの方が気持ち悪くて仕方がない。
 もっとも、栗本“拉致されるのもチャンスじゃん”薫さんに、もしもそのレッテルが張られたとしたら、それは自業自得だと思うけどね。


 アニメ『ヒカルの碁』第五十一局「倉田六段」。
 おお、倉田さんの声、岩田“オラですだ”光央か。
 なんてピッタリな(^o^)。
 この声聞いたら、ほかの声優さんが考えられないなあ。ほかの声優さんは声優しゃべりが鼻につくけど、倉田さんはもともとそういうキャラだから違和感ないのである。
 日頃『ヒカ碁』を絶賛している私であるが、そのキャラクター設計に関しては必ずしも小畑さんのデザインセンスに全面的に両手を上げて賛成したいわけではない。少年マンガの派手さと、リアルなドラマ展開と、その両方を鑑みてキャラを設計することが並大抵のことでないことは解るが、例えばヒカルの髪がなんでメッシュ? という疑問は、連載当初から感じていた。マンガ連載のほうで、ヒカルがすっかりオトナな面持ちになってしまった今、あのメッシュはリアルな世界観にそぐわなくなっている。実写で誰か俳優にあの髪のまんまで演じさせたらどうなるかってことを考えてみたら、その違和感についてはご首肯いただけると思う。アキラだって、子供のころならともかく、今もあの髪型ってのはちょっとキツクないか。もっとも固定ファンが髪型の変更を許さないって事情もあるんだろうけど。
 倉田厚のデザインが秀逸だと言うのは、マンガチックでありながらあんな顔のやつが現実にもいそうだからだ(君の隣にもいないか?)。
 アニメの作画では横顔がやたら頬の線を強調しててブサイクになっていたが、「オレって天才?」と嘯く倣岸だがどこか憎めない木下恵介のようなキャラ(ルーツはどこいらにあるのかなあ。坂田三吉?)を見事に表現したキャラになってると思う。
 実は御器曽プロも私のお気に入り。ああいう顔の人もなんかそのへんにいそうなんだがなあ。妙に悪役ヅラな人。本人にはちょっと失礼なんだが。


 ドラマ、『女と愛とミステリー 横溝正史生誕百年記念 「金田一耕助ファイル 迷路荘の惨劇 京都祇園祭怪奇連続殺人! 呪われた地下道に消えた悪魔の復讐か!」』。
 相変わらずサスペンスドラマのサブタイトルってのはなんでこんなに(^_^;)。
 今更テレビドラマに映画の濃厚な味わいを期待しちゃいないが(たまに出来がいいのがあるからそれでも期待しちゃうんだけどさあ)、百年記念と銘打ったわりにはそこそこの出来。別に祇園祭、事件と関係ないじゃんかよ。そういう無意味な彩りが、ドラマをかえって貧弱にしてる作品ってやたら多いんだけど、テレビの製作者はタイアップが取れるからやっちゃうんだろうな。
 原作の『迷路荘の惨劇』は、「洞窟に逃げこんだ謎の怪人の復讐」という『八つ墓村』でも使われたモチーフが再び使用されているが、実のところ、このモチーフは横溝正史オリジナルとは言いがたい。
 洞窟内でのおっかけは江戸川乱歩の『孤島の鬼』でもっと戦慄的な筆致で描かれているし、謎の怪人についても『吸血鬼』や『緑衣の鬼』(これの原作は更にイーデン・フィルポッツの『赤毛のレドメイン家』だ)を換骨奪胎したもの。乱歩作品が必ずしも本格探偵小説というよりもその怪奇性、ロマンチシズムに重点をおいているのに対し、横溝正史は材料自体はアンチリアルでも、あくまで本格ミステリとしての骨格を持たせようと腐心した。それはやはり正史の乱歩に対するストレート過ぎる対抗意識の表れだと言っていい。何しろこの『迷路荘』、初め短編として発表されたのに留まらず、正史最晩年の長編として書き直されてまでいるのだから、その執念の深さは想像するに余りある。露骨なパクリ、という点では、ヒロインの名が『吸血鬼』と同じ倭文子である点にも注目したい。乱歩に対する敬意とかオマージュとか言うより、彼のものは細部に至るまで全部奪ってやるって正史の粘着質な性格が表れてると見るのはあながち穿ち過ぎではなかろう。
 従って、本編のヒロイン、篠崎(古館)倭文子は、乱歩の小説にしばしば登場する「狙われ」型の女性である。これに映画『RAMPO』で小山田静子を好演した羽田美智子を配役したのは製作者が乱歩と正史の関係を知った上でのことかもしれないが、残念ながら今回は感情過多なセリフのせいもあってか、薄っぺらな演技に終始していた。この人の場合、もともとセリフ廻しが余り上手くないんで黙って立たせといた方がいいんである。原作ではどこか浮世離れした昔風の儚げな雰囲気の女性なんで、羽田美智子、ふっくらし過ぎじゃん、ってのにも違和感を持った。78年の浜木綿子もちょっとな~という感じだったけど、そんな女優さん、今時はいないから仕方ないかなあ。
 それより、お糸さんが野際陽子ってのはないだろう。これはもう圧倒的に78年版の千石規子に軍配が行く。基本的にあれは「かわいいお婆ちゃん」じゃないと感じが出ないのだ。「旦那様のお手つきでございましたのよ、ほっほっほ」と屈託なく笑うキャラを月影千草に演じられちゃあねえ(^_^;)。
 金田一耕助を間に挟んで、等々力警部の中村梅雀と井川刑事の火野正平が対立しつつ捜査に当たる、という図式はちょっとした新機軸だがさほどドラマに寄与しているとは言えない。初登場シーンではなかなか雰囲気のよかった火野正平も、後半、金田一の前でごく普通の役立たず刑事になっていったのは何とももったいない使い方だった。
 それにしても中村梅雀、顔立ちにも面影があるが、何よりその声が父ちゃん、爺ちゃんとそっくりである。特にくぐもった発声するあたりなどまるで区別がつかない。耳だけで聞いてたら、一瞬、爺ちゃんが蘇えって来たかと(^o^)。
 古いファンならご承知のとおり、梅雀さんのお爺ちゃんである故・中村翫右衛門は78年版『獄門島』で了念和尚を演じている。これで梅之助さんが何か演じてくれてたら親子三代で金田一作品に出演という快挙が成し遂げられるのだが。『獄門島』リメイクして了念さんを演じてもらうというのはどうか。もっともアレの原作には等々力警部出て来ないから親子共演というわけにはいかないけど。『悪魔が来りて笛を吹く』の玉虫伯爵でもいいぞ。
 さて、で肝心要の上川隆也金田一だが、2枚目半と言ったところで、可もなく不可もなく、と言ったところ。事件の真相に気付いて「そうだったのかあ!」と叫ぶところだけ目を剥いて演技過剰だったけど、それ以外はまあ落ちついた演技ではあった。金田一の持つ東北人の朴訥さは出てるような出てないような微妙なところ。でも原作の「中肉中背、小柄で貧相」というイメージ通りの金田一を描こうって制作者、全く出て来ないね。
 ドラマそのものについては、確かに細かいところを言い出せばキリがないが、概ね原作に忠実で、『明智対二十面相』のときのような、そりゃないぜって印象はない。一応この程度でガマンしなきゃならんのかなあ。
 祇園祭のセットがチャチだとか、照明が市川崑演出を意識して影つけてもビデオ映像じゃムードでねえよとか、欠点もあるが、これくらいの制作力があるなら、シリーズ化自体に反対はしない。いい加減『犬神』ばかりじゃなくて、未映像化の『白と黒』とかやらんかな。お茶の間にキツイ題材だってのは解るけど、悪質な中傷メールが横行してるネット社会に置き換えたら面白くなるとは思うけど。でも現在金田一が生きてるとしたら、もう89歳なんだよなあ。


 マンガ、竹本泉『よみきり▽もの』3巻(エンターブレイン/BEAM COMICS・756円)。
 読み切り作品ばっかなので、一作ごとに感想書いてたらキリがないので、一番お気に入りのやつだけ。
 『遠くの呼び声』、以前にも耳かき話描いてなかったか、竹本さん。
 けど、私も耳掻きをしてあげるのは大好きである。
 結婚して女房に何をしてやりたかったかっていうと、耳掻きをしてやることと白髪を抜いてやることと、怪談をたっぷり聞かせてやることだったんだが、しげの耳垢って液状で全くほじくりだしがい(どんな日本語じゃ)がないのである。
 誰か私に耳掻きさせてくれんか。もちろん男は御免被る。
 ……マンガの感想になってないな(^_^;)。

2001年10月02日(火) 新番組マラソン開始!/アニメ『FF:U ファイナルファンタジー:アンリミテッド』第1話「異界への旅」ほか
2000年10月02日(月) 出たものは全部食う、は貧乏人の躾か?/『名探偵は密航中』(若竹七海)



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