オミズの花道
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『 お弁当賛歌・母へ 』
2004年02月14日(土)


牛肉の調理にはやはりフルボディの赤ワインが必要不可欠。
臭み抜きではなく、牛肉本来の風味が増すのだ。偉大。

合い挽きミンチのそぼろを作る時も、火が通って油を抜いた段階でワインを振りかけ乾煎り。水分が乾ききる前にみりんを入れ、仕上げに醤油で味を整えて出来上がり。
味付けした乾煎りの炒り卵と、多めの塩で茹でて細切りにしたうすいエンドウ。熱々のご飯をお弁当箱に詰め、このそぼろと炒り卵と塩茹でのエンドウを盛り付ける。
勿論、ご飯の中段にはそぼろがもう一段敷かれているのは言うまでもない。




私はたまに休日にお弁当を作る。
どこに出かける訳でも無いし、ご飯が余った訳でも無いし、特に理由は無い。

確かに春先や秋にはそれを持ってぷらっと出かけ、百貨店の屋上など決して空気が綺麗とは言えない場所で食べたりするが、冬の真っ最中の今でも何故だか急にお弁当を作って、家の中で食べていたりする。

食器はダブるし、手間はかかる。休日にサボろうと思えばむしろ小さい土鍋でそのまま食卓へ、の方が楽であるというのにわざわざお弁当を作る。料理が好きと言っても、そういう理由ならもっと他の料理に走りそうなものだし、理由にはならないように思う。

だが今日の朝、いつもの休日と同じようにお弁当を作っていて、少し思い出した事がある。私が休日にお弁当をつい作ってしまうのも、この思い出のせいなのだ。





私の母は私が小さい頃からもう社員としてフルに働いていた女性だった。

一番下の妹が小学校に入学した歳から、母はもうすでに土曜日日曜日も家に居なかった。母の勤めていた会社は某産業更正法を適用された「あの」会社だったから、社員と言えど決まった休みなど無く、土日出勤は当たり前の会社だったのだ。今思うと子供が小学校に入るまで、と会社のほうもある程度融通を利かしてくれていたのだと思う。私達がもっと小さい頃はまだ母は家に居ることが多かった。

そんな訳だから私達姉妹は鍵っ子が当然で育ったし、ある程度の家事を分担さえしていた。姉は安全管理が主な仕事で、私が掃除や動物の世話、妹は私の補佐が役割だった。
三歳ずつ離れた私達姉妹は、それなりに喧嘩しそれでも助け合い、家の中は楽しかったように思う。

ただそんな年齢だから、火を使うのはさすがに危ない。平日は給食があるのだけれど、土日はご飯に困る。そんな時に土日のお昼ご飯は、母が作っておいてくれたお弁当を姉妹で食べていたのだ。


冷めても美味しいから、荒引きウインナーより魚肉入りのウインナー。
姉や私には普通の形でいいのだが、三人分タコさんの形に切る。
魚は姉と妹でがらっと違う。姉には骨のある部分で、妹には骨の無い部分を。
姉には練習させ、妹には気配りを残すのだ。
野菜の大きさも、卵の切り方も、それぞれの口の大きさに合わせて切る。
そんな思い出がひとつでもあるのだから、私達姉妹は幸せなのだろうと思う。

今自分がお弁当を作るようになってから、あの時確かに其処に在った、母の愛情を改めて感じるようになった自分が居る。
不器用で無口で照れ屋で天然な私の母は、愛情に溢れた素晴らしい女性だ。


姉妹も母のお弁当を宝箱のように大切に思い、見たいのにじっと我慢してお昼を心待ちにしていた。一人一人キチンとアイロンのかかったハンカチに包まれ、お箸箱が添えられているその包みを開ける瞬間が、姉妹喧嘩をしていても共に食卓を囲んでしまう、何よりの魔法だった。
母は其処に居ずとも、充分に母親の役割を果たしていたのだ。

私が小学校五年くらいの時にある程度料理をするようになってから、母のお弁当は極端に減った。母の負担を減らしたいという思いからではなく、興味と食欲の下心からの厨房係りだった。(妹の現在の偏食は、ひょっとしたら私のキテレツ料理の結果かもしれない。ごめ。)

私が興味本位で姉妹に食べさせるキテレツ料理も、母が夕食の時に笑いながら手直ししてくれたりして、私にはそれが魔法のように思えたものだ。


親に不満を持たない子供は居ない。
私の年齢になっても親への憎悪に引きずられている人も多いだろう。

うちの親とて完璧ではないしむしろとんでもない人間であると言えるから、私とて引きずられている一人ではあるのだが、今はもう憎悪よりもなお愛情が勝る。
そんな今の自分を、少しは大人になったかと思えるようになった。


何故なら母は家に居なくとも、愛情のこもったお弁当を置いていてくれた。

どんなに傍に居ても、食を疎かにする無神経な母親も沢山居る。
だが彼女はそうでは無かった。



今、出来上がったお弁当を目の前に私はこれを書いている。

誰に渡す訳でも無いのだからわざわざ包まずとも良いのに、それでもついついハンカチで包んでしまい、母がしたように箸を箱に入れてまで、添えてしまうのだ。
・・・・今日まで自分でもその癖の根本に気が付かなかった。

そんな自分を見ていると、母に「気付かぬうちに感謝しているのだな」とも思う。


今日は無理だが来週にでも母にお弁当を作って母に会いに行こう。
拗ねるだろうから、親父様の分も作らねば。


母の好物は何だったろうか。
そんな小さなことさえ思い出せない自分を情けなく思う。


親不孝者だな、私は。






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