ケイケイの映画日記
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2025年02月21日(金) 「愛を耕すひと」




邦題は嘘八百の作品。と、鑑賞直後はそう思いましたが、主人公のケーレンは、長い長い開拓の道程で、自分の中の愛を見つけ出したのだから、妥当な題名なのかも?と思い直しました。足るを知る事は、自分だけではなく、周囲の人にも安寧をもたらすものかもなぁと、深く感じ入りました。監督はニコライ・アーセル。

18世紀のデンマーク。貧しい退役軍人のケーレン大尉(マッツ・ミケルセン)は、長年の不毛の地である荒野を開拓する事を、宮廷に願い出ます。報奨は大金と貴族の称号を賜る事。それを聞きつけた地主の有力者デ・シンケル(シモン・ベンネビヤウ)は、自分が土地の所有者だと因縁をつけ、ケーレンの開拓の邪魔をします。屈せずに励むケーレンに、牧師のアントン(グスタフ・リン)は、デ・シンケルの凄惨な拷問から逃亡して来た夫婦者のアン・バーバラ(アマンダ・コリン)とヨハネスの夫婦を紹介。ケーレンは雇い入れますが、この事がデ・シンケルの知る所となり、二人の戦いの火蓋が、切って落とされます。

原題は「私生児」。実はケーレンは、貴族が使用人に手をつけて、産ませた子供です。デ・シンケル曰く、当時のデンマークの貴族は、そのような出自の男子は、みんな軍隊に放り込んだのだとか。ケーレンが貴族の称号に固執するのは、自分の出自からです。母への想いというより、自分を捨てた父親に、同じ立場に立つ事で、復讐したかったのでしょう。

25年かかって大尉まで上り詰めたケーレンは、大層頑張ったのだとの他者の台詞もあり、ケーレンのような男性の多くは、途中で退役したり朽ち果てたのでしょう。これらの事から、彼が不屈の人だと解かる。デ・シンケルのやり口は、差別・暴言・殺戮・暴行など、あらん限りの蛮行ですが、それでもケーレンは屈しない。

ケーレンは不屈なだけではなく、超が付くほど頑固で、嫌味な孤高の人です。当初アン・バーバラから「何様なの?」と、陰口を叩かれる。頑なで人を寄せ付けない。それが変化していったのは、残忍な方法で、ヨハネスがデ・シンケルに処刑されてからです。アン・バーバラに謝罪するケーレン。己の人生でこれでもかの辛酸を舐めたはずの彼ですが、哀悼や詫びという感情は、初めて感じたのではないかな。成り行きで引き取った、タタール人のアンマイ・ムス(メリーナ・ハーグベリ)や、自然に妻のように自分に添うアン・バーバラの存在は、彼に人間らしい、血の通った心を呼び覚まします。

しかし、止まないデ・シンケルの悪行に対抗するため、ケーレンは一つ一つ、その愛たちを手放し、そして人は離れていく。どこかでデ・シンケルと和解という方法があったのではないか?和解は、屈服する事とは違うと思います。心から国を想い、荒涼とした土地を愛するがための信念なら、貫けば良いと思う。しかしケーレンは、貴族の称号を得る事に執念を燃やしている。自分の出自に愛憎を向ける代償のように、彼から大切なものが失われるていくのです。彼が貴族の称号に固執せず、自らの人生を豊かにする愛を選択すれば、こんなにたくさんの人は死ななかったはずです。

一方、デ・シンケルは、何故こんなに残忍なのか?執拗にケーレンを貶める様子は、彼のコンプレックスの裏返しのように感じます。地位も財産も、親から受け継いだもので、貴族の称号も父親が買ったもの。それ故に貴族が本来備わるべき教養や知性も見識もない、サディスティックな男に成り下がったのではないか。残忍さで人々を怖れさせる以外、自分を大きく見せる方法が、解らないのです。だから、ケーレンのように、地位にも金にも屈しない男が現れると、何をどうすれば良いか解らず、どんどん残忍さが増大する。従兄妹で婚約者のエレル(クリスティン・クヤトゥ・ソープ)が言う、「ごめんなさい、従兄弟は敬意を学び忘れたの」の台詞は、デ・シンケルを的確に表していると思います。

滑稽だというには恐ろし過ぎる、足るを知らない男たちの戦いは、アン・バーバラの手によって終止符が打たれます。そこにはデ・シンケルへの怒り、夫であったヨハネスや、娘同然のアンマイ・ムスへの想いだったと思います。ケーレンへの愛もあると思いますが、彼女は認めたくなかったでしょう。

全てが終わり、ケーレンは何を得て何を失ったのか?彼が欲して止まなかった貴族の称号は、本当は彼には必要が無かったと意味するラストは、あの壮絶な戦いを観た後なので、深い含蓄があります。

やっぱりマッツは母国のデンマークの作品がいいです。イケオジ風のダンディズムが前面にでるようなハリウッド作品も良いですが、信念の男を深追いすれば、滑稽で愚かな男が浮かび上がります。こんな実は情けない男が、自分なりの真を見つける、そんな役柄を演じる時のマッツは、天下一品なんですよ。私は情けないマッツの方が好きだなぁ。

デ・シンケルを演じたシモン・ベンネミヤムもとても良かった。憎悪とコンプレックスにまみれた中に、卑小さを隠し持ったデ・シンケルを、振り切った演技でお見事でした。

当時の宮廷の腐敗ぶりや、タタール人への差別、黒い肌への偏見なども、きちんと消化されていました。伝え聞くところによると、この時代のデンマークの王様は、アルコール依存気味だったとか。高校生が、ビール10杯とか平気でいっちゃうお国柄なので、納得でした。壮絶な経験の中、荒涼とした自分の心に、愛を耕したケーレンに、穏やかな余生が訪れますように。それが血を流した全ての人々への鎮魂になると思います。











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