ケイケイの映画日記
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2025年01月19日(日) 「サンセット・サンライズ」




延び延びになっていた映画館での一作目は、大好きな岸善幸監督作です。直前まで脚本がクドカンとは知らず、確か舞台の東北出身だったなと、期待値高めで観ました。コロナ禍、地方の過疎化問題、都会からの移住者問題、そして震災。これだけ詰め込んだのに、繊細に心配りの出来た仕上がりに、とても感服。心に残るシーンが随所にあり、とても感激しました。素敵な作品です。

時は2020年のコロナ禍の始まり。大手企業に勤める西尾晋作(菅田将暉)は、仕事がリモートワーク中心となるのを切欠に、転居を考えます。そこへ宮城県の三陸の宇田濱に4LDKにして、月6万の格安物件を発見。家主の百香(井上真央)は、役場の空家問題担当者で、漁師の父親、章男(中村雅俊)との二人暮らしで、何かと晋作の生活の面を支えます。釣りが大好きな晋作は、神出鬼没にあちこちのスポットに出現。しかし、様々な境遇の土地の人々は、必ずしも晋作を歓迎してくれはしません。

東京から来た晋作に、汚い物に接するかのように、消毒スプレーかけまくる百香に、あー、そんなだったねぇと、何だか感慨深い。ソーシャルディスタンスとか、検温とか、二週間の隔離とか、あったあった。「人じゃないから、魚は接触OK」と、釣りに出かけてしまう晋作にクスクス。以降、素直で健康的、屈託なく宇田濱の人々に接する晋作に、画面も宇田濱の人々も、引っ張られて行きます。

百香と章男は、血の繋がった親子ではなく、実は舅と嫁。夫(息子)、子供たち(孫)、妻(姑)を、震災で亡くした二人。晋作の家は、親から独立して住むため、夫婦が建てた引っ越し前の家でした。同じように、子供と連れ合いを亡くした二人。そしてそれぞれ血の繋がりもある。どんなにお互いの存在に慰められたろうと思います。それが本当の父娘に見える理由だと思う。

晋作の存在が、百香に思いを寄せるケン(竹原ピストル)やタケ(三宅健)たちに波紋を呼び、同僚の仁美(池脇千鶴)や近所の爺さん(ビートきよし)らからは、あれこれ詮索され、疲弊する百香。都会では考えられない、プライバシーの無さ。そこには、まだまだ夫や子供たちの死から、立ち直れぬ彼女がいます。奇しくも今年は阪神大震災から30年。当時大阪で激しい揺れを体験した私にも、当時の怖さは鮮明です。百香にとって、たった9年。忘れられるものでは、ありません。

一人暮らしの隣のシゲ(白川和子)と仲良くなる晋平。他の住人と違い、色眼鏡で晋平を見る事もなく、自分の人生も晋平に語ります。何故話してくれるのか?
と問う晋平に、来年はいないからだと答えるシゲ。夫を見送り、息子三人は都会に居を構え、今はなかなか会う事も無い。人生とは出会いと別れを繰り返すものと、誰にも依存せず生活を送る彼女は、達観しているのでしょう。東京者の晋平と仲良くなるのは、偶然ではなく必然だったのかも。

金儲けのチャンスとばかり、ズカズカと慇懃無礼に宇田濱の町に乗り込む晋平の会社の社長の大津(小日向文世)。あの香典の厚さは、札束で人の頬を張るみたい。しかし、大手企業と地方の町役場という水と油のコラボは、あちこち軋轢を生みながら、少しずつ進み始めます。こういう光景を見ると、地方の活性化は、都会の企業には命題なんだと思う。儲けを度外視するのは、恵んでいるようで、その土地の人に失礼です。如何に儲けを生むか、その土地が活性化するか考えてこそ、企業だと思う。そう思うと、あんな美味しいそうなお刺身に手付かずだった社長の事も、許してあげようってもんです。

これら、たくさんの出来事を強弱つけてコミカルに笑わせ、または哀愁を帯びて胸に染み入って描く様子が秀逸。クドカンの脚本はいつもおふざけが過ぎる箇所がありますが、監督の腕なんでしょうか、ドタバタも寸止めで終わらせています。

私が一番心に残ったのは、自分は震災なんかどうでもいい、ただこの土地が好きなだけだ。自分はこの土地に何をすればいいのか、解らないと吐露する晋平に語り掛けた、タケの言葉です。「見てくれるだけでいい。自分たちはいつも東京を見て育ってきた。でも東京の人は東北の事なんて気にもしていなかっただろう。それが震災になって、様々な所から、何かしたいと東北を気にかけてくれた。素直に嬉しかった」と告げたセリフです。

私は近畿地方では、まず真っ先に名前が上がる大阪、それも一番便利な市内に生まれ育ち、今も居住。「東京も」見て育ちました。「を」と「も」が、これ程人の境涯を分かつのかと、タケの台詞で思い知りました。私も東北や北陸の人へ、何をすればいいのか、解らない。でもかの土地の食材や工芸品が目に付くと、積極的に買っていました。正に貧者の一灯だけど、原作者の楡周平もクドカンも岸善幸も、東北の人。それでいいんだよと言って貰ったようで、込み上げるものがありました。

愛嬌たっぷり天真爛漫、そして優秀さもチラつかせる晋平を、元気いっぱい演じた菅田将暉が好感度大です。私はこういう彼が好きです。如才なく家族とも同僚とも付き合う晋平ですが、どこか息苦しさを感じているのも解ります。宇田濱にご縁があったのも、これまた偶然ではなく、必然だったのでしょう。

聡明さの中に陰を隠したマドンナを演じる井上真央も秀逸。こんなに綺麗だったんだと、びっくり。地味な装いの中に、百香の内面の美しさと憂いも充分表現出来ていたと思います。それと特訓したんでしょうね、魚の捌き方が素晴らしい!なめろうなんて、一瞬に作ってましたよ。子供たちの声の入ったカセットを一人聞きながら涙する百香。彼女にとって、この涙は、生涯必要な涙なんだと思う。

びっくりしたのは、池脇千鶴。何?太った?中年太り?老けて別人みたいだったよ。お節介な中年女役で、相手の心にドスドス踏み込む様子には、イライラ。という事は、相変わらずお芝居は上手なのよね。あれは役作りと思いたい。どれくらいインパクトかと言うと、超古い例えで申し訳ないですが、「細腕繫盛記」で、綺麗なお姉さんだと思っていた富士真奈美が、「加代、おみゃーの好きには、さえねえずら!」と、瓶底メガネでいびり役で出て来た時と同じくらい、衝撃でした。

他には白川和子が印象深い。あの広い家を、丁寧に手を入れて、たくさんの食器も捨てられないのは、いつ息子たち家族が泊まりに来ても良いようになのです。私も年に数度、息子家族や息子たちが集まるので、食器が捨てられないのです。外食してもいいのにね、しんどいしんどいと言いながら、狭いキッチンで作っちゃう。懐かしいだろう、好きなおかずを食べさせたいんです。あの家には、たった一人で暮らしても、家族を想うシゲの暖かい心が詰まっているのです。それを息子たちが理解してくれた様子にも、涙しました。

家とは、人の心が宿るものなんだと、この作品を観て、改めて思いました。

さて、お互い思い合っていた晋平と百香はどうなったか?亡くなった夫や子供を忘れられない、忘れたくない百香にとって、「結婚」は禁句。これがウルトラCの秘策がありました。他人同士の三人が、きちんと親族として認められる方法です。この策にOKするなんて、章男父さんも進歩的だよ。大らかな晋平なら、百香の気持ちを尊重してくれるはずです。

私は海鮮が大好きなんで、画面に度々出てくる、当地のお料理の数々が、実に美味しそうなんです。もう涎ものでね、絶対に東北に行くぞ!と誓いました。これでいいんですよね、監督?まごころのこもった、素敵な作品です。




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