ケイケイの映画日記
目次|過去|未来
やっと観てきました。舞台劇のようだと思っていたら、舞台を映画化したんだとか。多分他の方は、文学的な感想が多いんじゃないかなぁ。私もとても堪能したのですが、世間様とは違った感想のような気がします(笑)。監督はダーレン・アロノフスキー。
講師としてオンラインで授業するチャーリー(ブレンダン・フレイザー)。同性の恋人アランの自死のショックで引き籠りと過食症となり、現在は270キロにまでなってしまいました。アランの妹で看護師のリズ(ホン・チャウ)だけが親しい間柄で、彼女は親身になってチャーリーの世話をしています。自分の余命が短いと悟ったチャーリーは、8年前の離婚後から一度も会っていない娘のエリー(セイディ・シンク)と、和解したいと願います。
チャーリーって魔性の男ですよ。それも無自覚で聡明な。アランは元々熱心なキリスト教(作品内ではカルト的に描かれていたニューライフ)の家庭に育ち、自らも活動していたと、リズは語っています。教義では大罪のはずなのに、教義的には過ちを犯しても、チャーリーの魅力は抗し難かったのでしょう。アランから告白されています。そして父から勘当され、活動も禁止されてしまい、追い詰められた事が、アランの自死の理由です。
元妻のメアリーは、子供だけが欲しかったから、私と結婚したのでしょうと、チャーリーを詰る。違うと思うな。自分でも性的嗜好は曖昧だったんでしょう。もしくは、蓋をしていた。メアリーとなら、幸せな家庭が築けると、間違いなく思っていたはず。それがアランの告白で、蓋を開けてしまった。
リズは「親友」と紹介文で読みましたが、私は違うと思う。リズは明確に恋の対象として、チャーリーを愛していたと思う。ゲイだと判っているので、密かに胸に秘めながら。チャーリーがエリーと連絡を取るのを、離婚の時の約束違反だからと責めますが、エリーと会うと、彼を独占出来なくなるからだと思いました。チャーリーも知っていたと思うな。リズの気持ちを知りながら、エリーのために貯金したくて、お金が無いので病院には受診出来ないと言い続ける。看護師の彼女は、何くれとなくお金のかからない方法で、彼を介護していました。平たく言えば、利用していたんだよ、リズの事。私はそう感じました。それを友情の美名の元、また本心に蓋をして。
チャーリーの大木のような肩にもたれて、安らぎの微笑みを浮かべるリズ。メアリーも元夫との久しぶりの逢瀬に、同じポーズで微笑みを浮かべる。未練があるのですね。「夫を男に取られたと世間に言われる気持ちが解るか!」と、チャーリーを責める元妻。何十回となく、同じ言葉を吐いたでしょう。同じ妻の立場として、メアリーの屈辱や哀しみには、同情して余りあります。今の酒浸りの生活も、私は責める事が出来ません。8年経っても立ち直れないのは、まだチャーリーを愛しているのですね。「ちゃんと分業出来たでしょう?あなたはお金。私は子育て」。分業ではなく、二人でしたかったんですね。
チャーリーを愛した人は皆、苦しめられたり不幸になる。その最もたるのが、私はエリーだと思う。何度も「8年前に私を捨てた」と言う娘。そうです、父は娘より肉欲が勝ったのです。きちんと養育費を払っているのに、面会権の放棄を妻から迫られても、アランを取ったのだから。母から邪悪と評されるエリー。問題ばかり起こす性悪な小娘に描いています。手紙で娘の様子ばかり聞いてくるチャーリー。母は多分、娘に嫉妬もしていて、その感情を溜め込んで接して来たでしょう。ただでさえ心荒ぶるティーンエイジャー、父は同性愛に走り、母酒浸り。エリー的には、両親ともに捨てられたと同じで、絶望を抑え込むには、邪悪になるしかなかったんだと思う。
魔性男のチャーリーは、自分で自分に罰を与えたんじゃないかな?それが肥え太った醜い姿です。ピザの配達員の様子は残酷ですが、これがチャーリーの望む事だったのかも。周囲の人を不幸にし、異形の身体となった彼が、嫌いかと問われれば、私も好きだと答えます。彼は欲深い男ですが、その欲深さは、罪深いのではなく、人間臭く感じるのです。アランに告白された時、妻と娘とのの「程ほどの幸せ」をチョイスしていたら、今もその幸せを保っていたと思います。でもアランとの至福の日々は、残酷な未来が待っていましたが、チャーリーに後悔はなかったのでしょうね。後悔ではなく、唯一の心残りが、エリーだったのでしょう。
今作でオスカー受賞のフレイザーは、渾身の熱演。巨大になったチャーリーの、知性的で聡明な内面を充分に感じさせてくれます。獣のようにジャンクフードを食す場面では、汚らしいのに画面から哀しみが漂います。「以前もそれほどハンサムではなかったが」と、自らを語りますが、何をご謙遜を。若かりし頃のフレイザーは、それは精悍なハンサムでした。リズもメアリーも、今の肉の塊の彼が、偽物なのだと認識しているんでしょうね。
冒頭で読まれた「白鯨」に関する文章が、何度も出てきます。それが何なのか明かされる時、胸がいっぱいになりました。私の父も女にだらしなく、同居中も別居後も、母は悪口を言い続ける。別居したのは私が18歳の頃、ちょうどエリーくらいです。「あんたたち(私と妹)なんか、あの男はどうでもいいんや。だから捨てた」と言い続けましたが、チャーリーと同じく、ずっと私たちに、充分な生活費を渡してくれました。会う時は「お前たちの事を忘れた事は一度もない」と言うのを、思い出しました。それとこれとは違うようですね。子供的には繋がって欲しいよね、>エリー。子供を思うなら、不倫はするべきではありません。
ラストに映るチャーリーの姿は、残したお金以上に、エリーに勇気を与えるはずです。数奇な経験をした彼女たち皆に、平穏な幸せが訪れるよう、祈って止みません。
|