ケイケイの映画日記
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2021年12月03日(金) |
「茲山魚譜 チャサンオボ」 |
すごく良かった、素晴らしい!鑑賞前は、高評価だし、久しぶりでソル・ギョング観るか、くらいの期待値でした。それより学問のお話しだし、高等過ぎて付いて行けなかったら、どうしましょう?の方が心配で。崇高でとても格調高い内容ながら、人生の永遠のテーマとも言える、何故人には「学び」は必要か?を、解り易い描写の数々で、滋味深く問う作品。監督はイ・ジュニク。
1801年、朝鮮時代。高名な学者のチャン・ヤクチョン(ソル・ギョング)は、彼を寵愛した先王亡きあと、後を継いだ幼い王の後継者である先王の母に、カトリ熱心なカトリック教徒であることを疎まれ、黒山島(フクサンド)に流刑となりました。島の人たちは暖かくもてなしますが、手持ち無沙汰のヤクチョン。しかし学問好きで魚の事に博識な若き漁師ジョンテ(ピョン・ヨハン)と知り合い、魚の本を書きたいので、学問を教える代わりに、魚の知識を教えて欲しいと、ジョンテに「取引」を申し出ます。
ヤクチョンは三兄弟で、いずれも学者。次男は一身に罪を被って死罪。三男ヤギョン(リュ・スンヨン)は、黒山島より本土に近い唐津群へ、弟子と共に流罪となります。別れの際に最果ての島に、たった一人で流刑になる兄を想い、涙する弟。しかしヤクチョンは、「これから何があるか、楽しみだ」と弟に頬笑みを向けて旅立ちます。初っ端でもう、ヤクチョンの泰然自若な様子に、魅せられました。弟に心配させまいとの、空元気ではないのです。先王は「弟より兄が優れている」の言葉を、ヤクチョンに授けていました。柔らかい描写で、ヤクチョンの器の大きさを示すシーンです。
当初は罪人として流刑されたヤクチョンを、冷たくあしらうジョンテ。彼は両班である父に、島育ちの母と共に捨てられた青年です。罪人以上に、高貴な生まれのヤクチョンに反発心があったのでは?独学で書物を読み漁るジョンテは、表向きは両班の父に恥じないように勉学すると答えますが、私には湧き出る向学心が、彼を学問の虫にしているように感じます。表向きの答えは、島で浮かないように、かな?
豪奢な都の宮殿に対し、現在は不自由で不便な、あばら家住まいの生活。しかし、雄大で自然の幸に恵まれた黒山島での、都会では預かれぬ恩寵に、素直に感謝するヤクチョン。常に威風堂々、孤高の人なれど、島民への親睦の情を隠さないヤクチョンの人柄に魅かれ、ジョンテはいつの間にか「師匠」と呼びます。
学問を深めると、どうなるか?誰にでも腰が低く謙虚になり、丁寧誠実な対応となる。野蛮で粗野な言動は影を潜め、品が良くなる。幼馴染で憎からぬボンデに、挨拶代わりに「よう、ブス」と言っていたジョンデが、「やあ、べっぴんさん」となる。ボンデもだけど、私もびっくりしたわ(笑)。コミュニケーションまで上がるとは、びっくり。
ここでの学問とは、「学歴」ではもちろんなく、生き方についての教養です。魚の知識を書き留めろとヤクチョンに言われ、何故かと問うジョンテ。後世の人々に役立つからだとヤクチョンは応えます。文字に記す事は、伝聞とは大きく異なり、確実に知識が残ります。目から鱗でした。もう大量の鱗(笑)。今の自分の生活を見渡すと、先人の知恵に囲まれ過ぎて、有難味を感じていなかったのですね。
こうして人生の豊かさ、充実感を味わうジョンテ。学が深まったジョンテの向学心は向上心となり、どこに向かったか?貧しい暮らしに辛酸を舐める人々を救いたくなる。世のため人の為、です。しかしこれが辛い。
役人=両班の賎民への振る舞いは、冷酷にして冷血、特権階級意識まる出しで人権を踏みにじる事に、微動だにせず。元々人格も高潔なジョンテには、魂を売らなきゃ、やっていられない。役人には試験もあり、学がなければなれないはずが、この矛盾。ふと、今の時代の官僚や政治家も、志高くその世界に入ったものの、疲弊して埋没している人も多かろうと思いました。但し、これは一代目の人。長官は「妓生をはべらせ、顔が黄疸で黄色くなってこそ、両班で一人前」。二代目以降は、政より酒池肉林、金儲けに勤しんでいる世界に、どっぷりなのが解る。政治家の世襲が当然の如くの世相が、薄ら寒く感じます。
ジョンテがどのような選択をしたか?この顛末も、きっと書物にしたと思います。跳ね返されたとて、後世の人々が役立つはずだから。ヤクチョンの願った皆が平等な世界は、当時としたら罪深い願望で、決して実現できる世界ではありませんでした。しかし今を生きる私には、大海から、だいぶ向う岸が見えてきたように思えるのです。もうひと頑張り。私たちの言動が、後世の人々に役立つのです。
久しぶりに観るソル・ギョングは、これが初めての時代劇だとか。今回も申し分のない演技で、自然過ぎて好演には思えない程。これこそ名優の証しです。ピョン・ヨハンは、学びを深める過程でのの喜びと挫折を誠実に好演。ジョンテの心が深く届きました。リュ・スンヨンは、兄を支える弟の真心が良く出ており、控えめながら彼も人格者なのが解ります。そしてヤクチュンの世話をする未亡人カゴ役のイ・ジョンウ。破竹の勢いの名バイプレーヤーですが、今回も無学ながら、物怖じせずヤクチュンに進言する様子や、好意を寄せる様子などに様々な女心を、ユーモラスに演じています。この二人の脇役の好演は、確実に作品を盛り上げていました。
幾らでも難しく哲学的な掘り下げが出来る内容を、平地まで降りて来て描いています。モノクロで描く風景は陰影深く、島の日常は貧しさより自然に恵まれた豊かさを感じ、都は欲にまみれた薄汚れたものを感じます。何故学ぶのかは、自分の人生を豊かにし、人に尽くすため。他者が喜んでくれれば、自分の人生は潤い満足感が増すのでしょう。私はずっとずっと、自分のためだけだと思っていました。人生や学びの美しさを実感する作品。
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