ケイケイの映画日記
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2020年01月19日(日) 「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」




記録的な大ヒットが記憶に新しい「この世界の片隅に」の、アナザーパートととでも言うべき作品。私が前作で感じた違和感や疑問に、返事を貰ったアンサー作品でもあります。監督は前作と同じく片渕須直。

基本的にストーリーは同じで、新たに30分加えられて、3時間の超大作になっています。子供から高齢者まで、誰にでも解り易く戦争前後の市井の人々の、つつましく暖かな暮らしや、暖かなその対極にある戦争の恐ろしさを伝えた前作に比べ、こちらは大人向き。それも女性の当時の扱われ方や心模様に的が絞られ、前作よりずっと大人びた、すずさんが描かれます。

前作では素通りされた、周作とリンの関係ですが、今作では明確に恋愛関係にあったとされています。うーん、でも恋愛かな?客と娼婦として出会い、リンに一方的に熱を上げたのは、周作ではなかったのかな?この作品でも、リンは大人びて聡明な女性に描かれています。異性として好意を寄せても、添えぬ相手だとは認識していたと思います。その気持ちを代弁させるために、新たに登場させたのが、リンと同じ娼館に勤めるテルちゃんじゃないかしら?

すずには「風邪をひいた」と語りますが、あれは惚れた客と逃げて、連れ戻され、折檻されたのだと思います。テルもリンに劣らず心根の優しさを感じる女性で、広島弁が繰り広げられる中、唯一九州の言葉を話す。故郷から遥か離れた処で身を売るテルの孤独は、察して余りあります。その厳しさを、前作同様、繊細で暖かい画が、すずとテルを包む。リンとのパートもそうですが、この三人を同世代の同じ女性として描き、二人の娼婦を、決して蔑みやら哀れな存在にしていません。

それは何故か?私が一番前作で疑問だった、すずの幼馴染の哲とのエピソードが理解出来たから。あれは明確に、すずに「性接待」しろとの周作からの「命令」なのでしょう。あまりに解り易かったので、びっくりしました。そしたら、当時歓楽街のない土地では、家に来た兵隊に、その家の女性が性接待をして「もてなす」との記述を読みました。独身の女性では、後々嫁に行けなくなるので、若い人妻が接待したのだとか。この記述を読んだとき、体から血が逆流するようでした。

夫であれ他人であれ、男で有るというだけで、当時は女を自由に扱って良かったのです。何故未亡人の姉の径子ではなく、すずだったのか?そこに周作の、夫として未熟さが表れている。自分に対しての妻の愛情に自信がないので、きっと、すずも望んでいると思っているのです。馬鹿だなぁ。そこは絶対行かせないのが愛情なのに。その後、夫に逆襲するすずが小気味よいです。

前作ではどんな逆境にも、終始少女のような純粋さで、人を疑う事がなかったすずが、夫にも不審を持つし、婚気での居辛さも描かれています。ただぼんやりしているだけではなく、大人に成長していくのではなく、少女から女へと成長しているのを見て、前作での違和感が取り除かれ、とてもホッとしました。

前作でも好きだった径子は、今作でも大活躍(笑)。すずに「広島に帰ったら」と、出て行けと言ったつもりが、里帰りと取られるのには、笑いました。でも彼女も、夫のいない婚家にいるのは辛く、居場所探しに必死だったのですね。

片手を失い、家の足手纏いになるのが嫌で、実家に戻るというすずに「私は今まで好き勝手して来た。だから何の後悔もない。でもあんたは、知らない相手と結婚させられ、自分の意志で生きた事がない。居たければ、この家にずっと居ていいんだよ」と、すずの髪を梳きながら、径子がすずに言い聞かせる場面が、私は一番好きです。

径子とて、好き勝手したわけではありません。婚家に息子を置いて離縁、空襲で娘の晴美を失っているのです。すずの妹すみは、家と両親を失い、原爆症を負い、戦争で長男と夫を失い、今また次男までも出征させる女性も描かれ、今作では、戦争とは、女性から全ての物を詐取していくのだと、女性の悲しみに
特化して描かれていたように思います。

それと前作では思い至らなかった、母親世代の鈍感さも感じました。すずの事を気に入り、可愛がりはしても、結局は嫁は便利良く家事をしてくれる対象と思っている姑。漏らさなくても良い周作とリンの関係を、すずに話す親戚女性。娘が里帰りしても、町内の集会を優先させる実母。これは彼女たちも、人として尊重された事がないので、若い彼女たちを尊重する事を知らないのです、きっと。繊細な作りだと思いました。

私はこちらが好きですが、しかしこの作りだと、前作のような大ヒットしたと言えば、疑わしいです。改めて、前作はとても上手く全世代に反戦の心を伝えていたのだと、思いました。

前作ほどのロングランは、多分ないと思います。でもこの作品もどうぞお見逃しなく。すずの言動に、若干イライラした私のような人は、きっと安堵されると思います(笑)。


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