ケイケイの映画日記
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2016年06月18日(土) 「ヒメアノ〜ル」




評判良いので、観てきました。猟奇的サスペンスもエログロも大丈夫の私ですが、ラストにまさかの落涙。世間の評価の高いのは、ただ面白おかしく作っているだけでなく、どうして森田(森田剛)がシリアルキラーになったのか?ちゃんと想起出来る様、作ってあるからだと思います。監督は吉田恵輔。

清掃会社でアルバイトする岡田(濱田岳)。先輩の安藤(ムロツヨシ)が、行きつけのカフェの店員ユカ(佐津川愛美)を好きになり、恋の橋渡しを頼まれます。その時ユカから、ストーカーのように付きまとわれる森田(森田剛)の事を相談されます。偶然にも岡田と森田は高校の同級生でした。話してみると、ユカには関心ないと言う森田に、安心する岡田。色々とユカと交流するうち、彼女から告白された岡田は、安藤に秘密にして、付き合いを始めます。

この作品の原作は、古谷実。「ヒミズ」の時もびっくりしたのですが、この作者、あの「行け!稲中卓球部」の作者なんですよね。息子たちと笑いまくった、あの「稲中」の原作者だなんて、信じられないくらいシリアス。

前半は楽しいラブコメ風です。安藤はピュアで善人なんだけど、我が道を行く強引さと、その善人ぶりもかなり独善的。そして気持ち悪い。それに引きずられていく優柔不断な岡田の関係は、昨今よく取沙汰される発達障害と、人に嫌われたくない症候群とでも呼びたくなるような、若者気質です。それに絡むのが、無自覚な魔性の女ユカちゃん。結局登場する男三人、全部彼女に魅かれているわけですしね。岡田に空虚な生活を苦悩している事を吐露させたり、可愛いユカに恋する安藤に、「生物としてムリ!」と言い切るなど、岡田を代弁者にして、レールから外れた人生を歩んでいる若者たちの葛藤を、語らせてもいます。

岡田とユカが初めて結ばれるのを、じっと見つめる森田。ここで初めてタイトルが流れ、意表が突かれました。ここからは、シリアル・キラーの森田のお話になっていきます。高校時代、虐めにあっていた彼は、同様の同級生和草駒木根隆介と共に、ある秘密を抱えます。高校の時は同等だったのに、自分は今も底辺をはいずり回っているのに、和草は父の経営するホテルで勤め、結婚間近の恋人(山田真歩)までいる。この不公平。岡田が和草をゆすっていたのは、金ずるだと言うだけではなく、ここにも理由があると思いました。

とにかく次々と躊躇なく人殺しする森田。それも得手勝手の理由で。あまりにカジュアルに繰り返される殺戮場面に、茫然とするほど。彼が精神疾患を持っている描写が出てきて、そっちに流れると嫌だなと思っていましたが、これは杞憂でした。

森田剛が上手いと評判ですが、確かに。とにかく不潔感いっぱいで、すえた臭いまで漂ってきそうなんです。変に熱演するでもなく、感情の籠らない、日常の延長線上にあるような殺人場面を演じるのは、難しかったはずです。上手くこなしていました。実力があっても、ジャニーズだからと言って役柄を限定して腐らせてしまうなら、この使い方は大いに有りだと思います。

岡田は、ある事で森田に罪悪感を持っていました。ユカと付き合う事を、安藤に内緒にする事も、私にはその延長線上の事のように思えました。虐めは傍観者を巻き込み傷つけたはずが、傍観者はその事を忘れようとして、また人を傷つける事を繰り返してしまう。これは観客へ問いかけているんでしょうね。

「俺たちはもう終わってんだよ」。居酒屋で森田が岡田に向かって吐くセリフです。正社員ではない、恋人がいない。それだけじゃない。容姿の事も言っているのかと思います。彼らは男子にしては低身長。この作品を観ていると、男子の世界では、圧倒的に不利で引け目なんだなと感じます。男性の低身長は、女性の容姿に匹敵するコンプレックスを持つのでしょう。原作はどうなのか知りませんが、二人をキャスティングしたのは、そういう意図もあったのかと思いました。

どういう展開になるのかと、固唾を呑んでいましたが、見事な収束です。岡田は昔の自分とも対峙し、悔恨と詫びの感情を抱き、コミュ障的な安藤は、彼の一番の長所である純粋さで友情を取り戻す。そして森田。彼をシリアル・キラーにさせたのは、何のか?いたずらに精神疾患に怯えるのではなく、観客はその奥の原因を憎むでしょう。

本当はもっと悲惨なエンディングを監督は用意していたそうですが、あんまり人でなしなので、こちらにしたとか。お蔭で深い余韻が味わえました。これも原作を是非読んでみたいです。


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