ケイケイの映画日記
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ロードショウ中、この作品の高評価は見聞きしていたものの、当時は元気になりたい映画が良くて、あえてパスしていました。そしたらキネ旬一位を取ったご褒美で、再上映。では観に行くかと腰を上げたものの、時間が合わず、無念の見逃し。もう縁がない作品かと思っていたのに、何と近場のラインシネマで限定上映!これは私が観なくちゃいけない作品なんだと思い、やっと観てきました。この作品を観ても、私の昨年の自分の邦画ベスト順位は変わらないけど、見逃さなくて本当に良かったです。監督は橋口亮輔。
三年前通り魔に妻を殺されてから、その悲しみから逃れられず、今も鬱屈とした状態のアツシ(篠原篤)。自分に関心がない夫や姑(木野花)と暮らすパート主婦の瞳子(成島瞳子)は、皇室オタクで雅子様のファン。自作の小説を書いて、それを元にイラストを描くのが趣味。ある日パート先の弁当屋に出入りする藤田(三石研)と深い仲になります。ゲイの弁護士四ノ宮(池田良)は、異性愛者の親友・聡(山中聡)を、ずっと愛していますが、二人の関係性が壊れるのを恐れて、告白出来ないままです。
この三つのお話が交錯しないまま進み、徐々に絡まっていきます。冒頭しばらくは、観たのをもう後悔しちゃって。橋口作品は、「ハッシュ!」「ぐるりのこと」は面白く観ていますが、デビュー作の「二十歳の微熱」は、全然合わなくて、途中リタイア(録画ですが)。とにかくしんどいのです。悪夢再燃か?と感じましたが、今作は中盤から終盤にかけて、ぐいぐい力強くなっていき、最後は号泣でした。
瞳子は、最初はそのだらしなさ愚鈍さが、観ていていやでいやで。姑や夫に無視されても、不満なそぶりもなく、あきらめている風でもない。どうして私の何がいけなくて、そんな態度を取るのかと、聞けないの?そしてあのセックスは何?チョンの間だって、もっとましなんじゃないの?(知らないけど)。あんなので従ってちゃだめよ。自尊心なさすぎ。藤田にすぐ体を許すのも何なんだ。もっとお化粧してお洒落して、自分を大事にしなさいよ。
同僚との会話で、「私は死んだ姑を思い出して、泣く事なんかないと思う」と言う間柄なら、「お母さんはウィルスなんかで死なないから大丈夫よ」なんて、冗談でも言わないの。いきなり殴る夫は悪いけど、怒られても当然です。姑は友人や自分の親とは違うのよ。これが私の妹なら、怒鳴りまくるわ。子供のいない夫婦なのに、何故避妊しているのか不思議でしたが、この辺りで、もしかしたら瞳子が母親になるのは、夫が不安だったのかなぁと思いだすくらい、私には頭の悪い女性に見えました。妻や一家の主婦と言うのは、家事が出来るだけでは、一人前じゃないんです。
それが、藤田の化けの皮が剥がれた時の彼女の独白で、私はまさかの号泣。自分の口を養うだけの才覚も無く、常に卑下してきた人生だったのでしょう。瞳子は、夫に愛して欲しかったんだと思う。それをあきらめていたのですね。愛されるすべを知らないから、言う事を聞いていただけなんだ。藤田が事後の会話中、瞳子の乳房を弄ぶのを観て、あれは親密な男がする行為だと思いました。それを良く知らない男がすることに、私は嫌悪感がありましたが、瞳子はそこに魅かれたんだと思う。本当は夫にそうして欲しかったんですね。藤田と会う時、時代遅れの、だけど女らしさを強調した服でお洒落する瞳子は、それなりに綺麗でした。若い頃はきっと、もっと似合っていたでしょう。その頃を思い出せばいいのよと、瞳子が愛おしくなりました。監督、複雑な女心がよくわかっていて、とても感服しました。
四ノ宮もそう。誰かれなく尊大で傲慢。弁護士以外で何の取り得のある男なんだろう?大嫌いだったのが、切られた聡への電話での告白に、また涙。忍ぶ恋心は、切なかったでしょう辛かったでしょう。でも聡はその気持ち、知っていたと思うよ。だからあなたも、胸を張って友人としていられるよう、頑張って弁護士になったのじゃないの?愛情があなたを成長させたのだと思う。だから、聡と過ごした日々は、否定なんかされないのよ。
最初から最後まで私を泣かせたのは、アツシでした。彼だけはとても理解も共感も出来ました。何故親や兄弟が出てこなかったのかしら?妻は自分の肉親以上の人だと言うのは、良くわかります。でもこれが私の息子なら、抱き締めずにはいられない。いや息子でなくても、抱き締めたい。彼が泣く度、先に何があるかわからないので、長生きしなきゃと、唐突に思いました。
アツシの上司の黒田(黒田大輔)を絶賛する人が多かったけど、観て納得。傾聴がどんなに人の心を癒すのか、よくわかりました。口煩く励ましたりもせず。お腹いっぱい食べて、笑いなさい。僕はもっとあなたと話がしたい。人間にはいいバカと、で悪いバカと、たちの悪いバカがいる。篠原君はいいバカだよ。この平易な言葉の羅列が、観る私の心にも滋味深く染み入りました。元左翼崩れの黒田は、左腕を失った代わりに、怒りから赦しと癒しの心へ、自分自身を成長させたのだと思いました。アツシを気付かう女子社員も良かった。あの会社、アットホームだったなぁ。あれは亡くなった妻が、アツシに導いたんじゃないかと思います。
この作品、主人公たちの心の軌跡を追うディティールこそリアルですが、この人たちは、決して身近にいる人じゃない。特別な人です。むしろ周辺の、夫のゲイの親友を疎ましく思う聡の妻や、結婚したら妻に言いなりの聡、山中崇の冷血な公務員、特権意識と差別感満タンの女子アナ、瞳子の夫や姑など、この人たちの存在の方が、よほどリアルでした。私たちが自分を観るなら、こちらだと思います。みんな悪意のない人ばかり。だから始末が悪い。気をつけなくちゃ。黒田さんのようになるには、人生修業がいります。
他には安藤玉恵が、ものすごく楽しかった。やっぱりいい女優さんです。何となく順ミスも納得してしまった(笑)。
ラストの見えた青空、ゴミ屋敷から整理整頓されたアツシの部屋が映った時、これはアツシだけではなく、登場人物みんなへの、希望とエールだなと思いました。「二十歳の微熱」も、最後まで観たら違ったのかしら?もう一度挑戦してみたくなりました。寡作の橋口監督ですが、これからも見続けたいです。
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