ケイケイの映画日記
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2015年03月01日(日) 「アメリカン・スナイパー」

先のオスカーでは六つのノミニーのうち音響賞だけ受賞でしたが、クリント・イーストウッド監督作品では、最大の興行収入をもたらしているそう。オスカー前に一般人に誰が主演男優賞を取って欲しいかとアンケートしたところ、ダントツでこの作品のブラッドリー・クーパーだったとか。観終わってその事を知りましたが、ものすごく納得出来ました。色んな感想があるようですが、私は反戦でも好戦でもなく、イラクで戦った事への複雑なアメリカ人の心が、綿密に映されていると感じました。そういう意味では、とてもアメリカ目線のように思えます。原作は主人公であるカイル・クリスの手記です。

平凡な一般人であったクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、祖国アメリカを守る事に意義を見出し、過酷なネイビーシールズで訓練を受けます。その時9.11が発生。国を守る事に一層の使命感を持つクリス。やがてタヤ(シエナ・ミラー)と結婚。新婚間もない妻を置いてクリスは出兵。狙撃者として超人的な腕を持つ彼は、米軍史上最多の160人を狙撃。味方からは「レジェンド」として称賛される一方、イラクの反政府勢力からは懸賞金をつけられ狙われます。帰国すれば妻子との温かい家庭をもちながら、過酷な戦場との行ったり来たりの生活は、やがて彼の心を蝕んでいきます。

冒頭クリスが幼い時のカイル家の生活が描かれ、父から人には羊・狼・番犬の三つがあり、何があっても家族は守るべしの教訓が説かれます。それがクリスの心の底に常にあったのは明白です。恋人に裏切られ、その痛みを払拭するのに、「国を守る」と言う名目の軍隊に志願するカイル。あのまま恋人と結婚していたら、レジェンドは生まれなかったのですから、人生とは不思議なものです。

9.11が如何にアメリカ人の心を結束させたかを、クリスとタヤがテレビに見入る様子で充分わかりました。シールズの過酷な訓練は何度も映画で目にしますが、「同じ釜の飯」と言うのは国を問わないのでしょう。のちの展開から、描く必要性ありと思いました。

最初の狙撃の後、仲間からの称賛に戸惑いを見せるカイル。狙撃したのは爆弾を持つ女子供でした。味方を救ったとは言え、戦場で初めて「殺した」のが屈強な兵士ではなかった事に屈託を感じる彼。ヒーロー扱いされる事に違和感があるのです。

数度の派兵と交互して、妻子との家庭生活が描かれます。安堵に満ちた家庭から、もう行かなくても良いのに、憑かれたように志願してイラクに行くカイル。当然家庭の雲行きは怪しくなり、諍いが絶えなくなります。妻の行かないでくれの願いは当然で、実際にあちこちの家庭にあった事なのでしょう

「ハート・ロッカー」の主人公とカイルは、似ているようで違うと思いました。カイルには「戦争は麻薬」的な、陶酔感がないのです。生死を賭けた戦場に何度も志願する様子は狂気をはらんではいますが、「君は俺がいなくても大丈夫だ。俺が死んだ後は再婚してくれ」とは、妻に向けたカイルの言葉。一見無責任ですが、家庭と国とを秤にかけて、クリスは自分がより必要とされるのは「国」だと思い込んだんだのでは?国と言うより、有体に言えば仲間を救いたい、でしょうか?使命感にガチガチに縛られている。心が蝕まれていたなら、そこだと思います。

たくさんの命を落とした同僚、とりわけバディであった結婚間近の同僚の負傷に焦点を当てたのは、それを言いたかったのかと思いました。国を守ると言う大雑把な感情は、兵士が一人死に二人死に、敵への直接的な憎しみを植え付けたのだと感じました。これは味方からはレジェンド、敵からは悪魔と称されたカイルを象徴するように、相手側にも同じ感情が生まれていたと思います。

ブラッドリーはプロデューサーも兼ね、イーストウッドの監督を熱望したそう。かなりウェイトを増やし、屈強なシールズになり切っていました。クリスの心の感情をとても誠実に熱演。シエナは気丈で賢い妻を好演。「俺が死んだら」の台詞も、この妻なら立派に子供を育ててくれると言う信頼感が言わせたものです。そういう妻を、男性関係が派手で、そのせいでキャリアを躓かせたシエナが好演とは、感慨深いものがありました。「フォックス・キャッチャー」でも明るく可愛い奥さんぶりが印象的だったシエナ。これからの彼女に期待したいです。

その他のキャストは、地味な配役ばかりでしたが、それは意図したものでしょう。アメリカ人に圧倒的に支持されたのは、クリス・カイルに自分自身、あるいは夫・息子・隣人が重なる。伝説のスナイパーであるはずが、アメリカ人がすぐ想起出来る「誰かに似た人」であった事でしょう。そこにイーストウッドの非凡な演出力があるのだと思います。

クリスが亡くなった事は知っていましたが、あんな亡くなり方だったとは。これも戦死だと思いました。死ぬ前に束の間でも、平穏な家庭生活を送った事は、彼にも妻子にも、せめてもの救いだと思いたい。好戦でも反戦でもないと書きましたが、個人的にはやはり反戦映画だと思います。


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