ケイケイの映画日記
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2012年11月04日(日) 「アルゴ」




映画の日、引き続き観たのがこの作品。実話です。もう少し後で観ようと思っていましたが、絶賛の感想があちこちで上がっており、これは早めに観なければと、はしごした次第。いや素晴らしい!ベン・アフレックの監督作はこれが初めてですが、結末のわかっている内容を、緊迫感を最後まで持続させ、ユーモアや感動まで忍ばせるのですから、すごい力量です。イーストウッドの後継者と囁かれるのも、納得でした。

1979年。イランでは革命が起こり、追放したパーレビ元国王の癌治療のための滞在を、アメリカが許したと怒ったイラン人たちは、在イランのアメリカ大使館を占拠。その際命からがら逃げ出した5人の外交官たちは、カナダ大使の私邸に逃げ込みます。見つかれば公開処刑は免れません。刻々とタイムリミットが迫る中、アメリカ国務省はCIAの人質奪還の専門家トニー・メンデス(ベン・アフレック)に白羽の矢を立て、彼にこの件を任せます。悩んだトニーは、息子と会話中にアイデアが浮かびます。それはニセの映画を制作し、そのスタッフとして5人を救出すると言うもの。大胆なこの作戦、果たして成功するのか?

冒頭、漫画を使いイランの政権の移り変わりを簡単に説明しています。このアイデアは良かった。私も当時日本でも大々的に報道されていた事を、段々思い出しました。イランの暴動を人海戦術で再現していて、この様子が圧巻。本当に怖いのです。特に大使館になだれ込む様子は、ドキュメントを見ているようでした。パーレビの悪政を弾圧し解放された、言わば正義であったイラン国民が、今度は正義の名の元、アメリカ人と言うだけで粛清したりなぶりものにしたりと蛮行を尽くす姿がやり切れない。痛みや苦しみを知っていたはずの人々が、被害者が一転加害者となり、同じことを他者に繰り返します。監督アフレックスは終始一貫、憎悪の虚しい連鎖を観客に問うていたと思います。

予告編を観たときは、もっとユーモアがある作りかと思いましたが、それはニセ映画を作る段階に集約されていました。腕の立つベテランメーキャップアーチストのチェンバーズ(ジョン・グッドマン)と老練なプロデューサーのシーゲル(アラン・アーキン)の口から飛び出るハリウッドの内情は、酸いも甘さも毒も利いていて、とにかくニヤニヤしっぱなし。毒舌ながら、ハリウッドで長年生き抜いてきた人に語られると、愛が篭っている気がします。

トニーとシーゲルが、家庭について語る内容が滋味深い。両方人を誑かすのが仕事であること、子供は堅気に育って欲しいと願っている様子は、苦悩ばかりではありません。侘しさ寂しさを感じながらも続けるのは、彼らの仕事への誇りも感じます。

イランに渡ってからは、とにかくハラハラし通しです。二ヶ月間監禁状態であったのに、とにかく励まし合ってきたであろう彼らが、作戦の遂行で対立する様子もすごくわかる。上の気紛れとも言える判断で作戦が頓挫するはずが、トニーの一世一代であろう「男気」には、惚れ惚れしました。彼はCIAの人間。人の死は慣れているはずです。映画ではとかく悪者扱いばかりのCIAですが、私は「ボーン・スプレマシー」でのジョアン・アレンの「私は人殺しをするためにCIAに入ったのではないわ」と言うセリフが、非常に印象に残っています。トニーもきっと同じ気持ちだったのでしょう。

作戦成功の影には二人のキーパーソンが。男気と言えば、トニーの上司(ブライアン・クランストン)の、多分自分の首を賭けたはずの行動は、何の表彰も受けなかったけれど、トニー以上の功績でした。カナダ大使家のメイド、サハルの善意の嘘も、神に背いても命の重さを重視したかったのでしょう。その前に挿入された、呆気なく人が射殺されるシーンが利いていたので、彼女の気持ちがとても理解出来ました。

イラン国外脱出の様子は、とにかく手に汗握ります。彼らは生存していて、成功はわかっているのに、無事飛行機が飛び立った時は涙が出て、拍手したくなりました。この辺の演出力は非常に優れていたと思います。

アフレックは、今回ヒゲだらけで風采の上がらない扮装でしたが、返って優しい目元が引き立ち、誠実で真面目なトニーを演じるのにぴったりでした。他には貫禄たっぷりにハリウッドの重鎮を演じたアーキンです。老獪なのに若々しい、食えない親父っぷりが素敵でした。地味でしたが、ブライアン・クランストンも非常に印象深い好演です。

サスペンスとヒューマニズムが上手く噛み合った秀逸な社会派娯楽作でした。オスカー候補が噂されているらしいですが、それも納得。何部門ノミニーされるか、楽しみです。


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