ケイケイの映画日記
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「ディア・ピョンヤン」が好評だったヤン・ヨンヒ監督の、ドキュメント以外では初の劇場映画。監督自身朝鮮学校・朝鮮大学出身で、母校で教鞭をとっていた時もあり、朝鮮総連幹部の父を持ち、兄たちも北朝鮮で暮らしていることを思えば、命懸けで作った作品だと思います。自らの出自をモチーフにした力作であることは確かですが、映画の出来が良いかと言えば、イマイチ薄味です。感動したとの声が多く聞かれ、韓国系在日である私も嬉しくは思うのですが、その感動は映画と同じく、表層的なものの気がするのです。
1997年東京。25年前北朝鮮への帰国事業で、一人16歳の時日本から旅立ったソンホ(井浦新)。脳腫瘍の治療のため、25年ぶりに日本の地を踏むことができました。父(津嘉山正種)母(宮崎美子)を始め、日本で自由を謳歌している妹のリエ(安藤サクラ)は、温かくソンホを迎えます。期間は三ヶ月。ソンホには監視役として、ヤン(ヤン・イクチュン)が同行しています。医師に見せたところ、三ヶ月では治療は済まないと言われ、父は滞在の延長を願い出ますが・・・。
在日朝鮮人を題材に使い監督も北朝鮮系在日ですが、全くの日本映画です。今回はそれが裏目に出た気が。出演者の演技はとても自然で、これは監督があれこれ注文をつけずに、俳優たちに任せたのかと思いました。演技的には、何も問題ありませんでした。しかし、同窓生や叔父(諏訪太郎)に至るまで、誰一人在日に見えません。実は俳優の一人が在日かな?と思っていたのですが、この人も全然見えません。これは痛恨でした。在日が舞台の作品は、「夜を賭けて」や「パッチギ!」など数々ありますが、樹木希林やキムラ緑子など、絶品の在日ぶりだった事を思えば、物足らなさが残ります。
これは俳優が悪いのではなく、演出のせいでしょう。最初から最後まで、映画は粛々と静寂に包まれます。これが私にはバリバリに違和感が。良くも悪くも在日は楽天的でバイタリティがあり、喧騒に包まれた日常を送っている人が多いです。これは南北共通。あれでは日常がまるでお通夜+αくらいの様子です。ソンホが監視付きだからと言うなら尚、その前後に賑やかな日常を描かないと、その静寂の意味が掴めません。
家族の前でヤンが一人煙草を吸っていましたが、ソンホの父や叔父を前に、若輩者が煙草を吸うなど、韓国人社会では御法度です。北朝鮮はもっと厳しいはず。これははっきり本国>在日の階級を表していたはずですが、セリフにないので、日本の人にはわからないはず。コーヒーに砂糖三杯も同じ。向こうのコーヒーはまずいので、こちらでも砂糖をたくさん入れると言う意味かな?と思いましたが、これは不確かです。
在日朝鮮人の25年ぶりの帰国と言う、映画的には美味しい設定なのですが、親なら妹ならと言う普通の家庭愛以上の描写が少ないです。せっかくの設定が勿体ない。北朝鮮の恐怖政治や特異性は、残念ながらマスコミが報道する以上の、目新しい事実は描写されませんでした。なのでソンホがリエに、おずおず工作員を頼む様子、「あなた(ヤン)も国も大嫌い!」と、監督が命懸けで描写した場面も、普通の感慨で胸を掻き毟るような慟哭はありません。特に「大嫌い!」と言えるまで、監督は40年かかったとか。その時間の重さが、あの場面からは希薄なのです。
私が期待したのは、日本に住む北朝鮮系の人は、これだけ本国の実態がわかっているのに、何故いつまでも属しているのか?です。父は幹部としてのメンツもあり、息子を送り出したのでしょう。その悔恨は感じますが、それ=答えではありません。本国への不信感も感じる描写が多々有っただけに残念です。
私が一番心を動かされたのは、ソンホの歌う「白いブランコ」でした。これは彼の思い出の曲です。北であれ南であれ、在日の故郷は日本なのだと、今更ながらに痛感しました。しかし両方の国は、私たちの存在など眼中にはありません。北はお金を送ってくれるだけの存在だろうし、韓国は今回の大統領の竹島訪問などが良い例です。国交が危うくなれば、例え永住権があるにしろ、私たちの暮らしにも影響が出てくるはず。そんな事はお構いなしなのです。そういう脆さを支えてきたのが、自分たちのルーツです。近くて遠い存在の北朝鮮系の在日を、とても身近に感じた一瞬でした。
苦言をいっぱい書きましたが、力作であるのは間違いありません。制約の多い中、監督にはこれが精一杯だったのかも知れません。この作品でひとつの壁を破ったと思うので、今後の更なる躍進を期待しています。頑張って!
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