ケイケイの映画日記
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2012年05月24日(木) 「ファミリー・ツリー」




大好きなアレクサンダー・ペインの七年ぶりの新作。舞台のハワイはアメリカ人にとっても憧れのパラダイスみたいですか、どうも都会的イメージのジョージ・クルーニーには似合わないなぁと思ったら、その似合わないのがミソ。昏睡状態の妻の浮気に怒り、扱い方のわからぬ娘たちに困惑しと、とっても情けないのです。しかしその情けなさが、とっても誠実で味わい深く感じる作品です。

ハワイ在住の弁護士のマット(ジョージ・クルーニー)。ある日海での事故で、家庭を任せきりにしていた妻が昏睡状態に陥り、生活が根底から覆される羽目に。折しも先祖代々継承してきた広大な土地の売却の件にも頭を悩ましている最中でした。日々悩まされているマットに、長女アレックス(シャイリーン・ウッドリー)は「ママは浮気をしていた」と告げます。

マットの独白から、彼が仕事人間で家庭は妻に任せきり。趣味もなく娘たちとの交流も薄く、融通も効かない、「面白くない人」であるのがわかります。でもこれって、一般的には最大公約数的な夫です。

対する妻は、事故直前にジェットスキーに興じている笑顔以外、ずっと物言わぬままベッドの上。それなのに、妻の父、娘たち、友人たちの口から、鮮やかに妻の姿が浮かび上がる。マットとの出会いは妻からモーションをかけて、彼女の美貌にマットはすぐ陥落。結婚式で裸になってしまうような豪快な女性だったのに、結婚後は夫の仕事を支え一生懸命貯金し、財産はあるのに、夫は使わせてくれない。子育ても妻に任せきりの夫に代わり、難しい年頃の長女とも格闘。社交的で友人も多く、地域の人々からも愛されていた妻。きっと本来の自分を押し殺して、良き妻・母であるよう一生懸命だったのでしょう。それもこれも夫(そして子供)を愛していたからだと思います。

なのに肝心のマットの口からは、妻がどういう人か皆目わからない。マットと来たら、いつ妻と話したかも思い出せないほど、家庭は放ったらかし。夫は、尽くしても尽くしても当たり前。男って言うのはね、お金入れて真面目に仕事してりゃ、それで済むと思ってる人が多いのよ。趣味に打ち込んでも満足しきれなかったのは、妻が一番欲していたのは、夫の愛だったからだと思います。逆説的ですけど、夫を愛していたからこそ、彼女は浮気したんじゃないでしょうか?

歌手の高石友也はマラソンランナーでもありますが、仕事の時京都駅まで8キロの道程を練習がてらランニングしていたそうです。それが奥さんが亡くなって出来なくなった。何故ならいつもタクシーで荷物を持って、後から奥さんが追いかけてくれていたから。そこで始めて、自分がランニング出来たのは奥さんのおかげだったと思い知ったと、しみじみ記述されていました。

この思いに、本当に「夫」と言うのが表されていると思うんですね。仕事しながらマラソンランナーとして結果を出す自分はすごくて(いや高石氏は仰ってません。一般論ですよ)、それを支える妻は当然の事をしているだけ。思うに自分の事で、いっぱいいっぱいなのでしょう。でも妻だって本当はいっぱいいっぱいなんです。感謝してくれなくて良いけど、妻としては夫にその事を気付いて欲しいのです。

マットは妻が治ったら、世界一周しよう、仕事も辞めよう、もっと大事にしていっぱい話そう等の懸命の決意。男は妻がこうならなきゃわからんのは、洋の東西を問わない訳ね。これは許していいのか悪いのか?願わくば元気な時に気づいてよ。

長女から妻の浮気を聞かされたマットが、一目散で友人宅へ駆けつける姿が秀逸。自転車だって車だってあるのに、動転していたら、あんなもんですよね。でもこの姿は好感が持てました。あぁそうなの、なんて鷹揚に構えられたら、妻としてたまったもんじゃないわ。あのみっともないマットの姿は、彼も妻を愛していた自分を、忘れていただけだと思いました。

そして娘二人と憎き間男探しの旅へ出るマット。何故か長女のBFシド(ニック・クラウス)連れ。最初コイツがね、無礼だわバカだわ、とっとと居なくなればいいのにと思っていました。しかし段々この道行に、なくてはならない存在に。うちは夫と息子三人で男ばかりですが、母親は全然家族から浮かないもんですが、娘ばかりだと、父親は普通でも居心地悪いものだと思います。そこへマットは子供は放ったらかしだったので、非常に分が悪い。

そこでシドの存在が、風通しの良い状況を生むのですね。失敬だったシドは、マットと接するうちに、やがては彼を「ボス」と呼びます。シドなりのマットへの敬意なのですね。娘たちから否定されていたマットは、嬉しかったでしょう。ロークラスの家庭に育った彼が両親を思う気持ちを知り、自分と省みて反省もしたのだと思います。娘達とだけだったら、気詰まりで仕方なかったはずの旅が、シドの御陰で大らかな旅となり、マットに妻との関係、娘たちとの関係を、もう一度反芻する機会を与えてくれたのだと思います。

臨終近い妻の元に見舞いに来てくれたある女性に、「彼が愛しているのは、あなただ」と答えるマット。それは自分にも言い聞かせているだと思います。間男探しの旅のはずが、憎しみではなく夫として父親としての自分を再確認する旅になったのは、皮肉ではないと思います。これには妻が一番喜んでいるはず。でも何度も言うけど、妻が元気な時に分かって欲しかった。

「現在」しか頭になかったマットが、過去や未来、親がいて自分がいて、子供たちがいて。血と言うものに目覚めた彼が土地をどうしたか?私には納得いく結末でした。

クルーニーは新境地っぽい、普通の中年男性の役柄ですが、でもやっぱりいつも通りゴージャスにカッコいいので、引き出しは増えた感じはしないです。でも演技的には文句なし。長女のシャイリーンは思春期のツッパってみたり感傷的になったりの演技が本当に上手くて、びっくりしました。私は始めて観た子ですが、とても美人さんで、若手女優としては、ジェニファー・ローレンスと拮抗する存在になると思います。次も是非観たい。次女のアマラ・ミラーは、とっても面白い子で、この無邪気さと奔放さは、子供好きには堪らない感じでした。本当に可愛い。

ラストが良いです。次女の好物を手渡すマット。娘の好きなものなんか知らなかったはずです。長女がくれば少し席を譲り、自分のお菓子を分け与える父。親だって子供に気を配るべきですよね。それを「気を使う」と取るから、変な方向へ話が行くのよ。いえ、うちの事です。それが自然にできるようになったのは、マットの父親としての成長だと感じました。そして一つのブランケットで暖を取る父娘たち。妻の事故は、夫を本当の意味での父親にする為だったんですね。家庭転覆の危機を乗り越えたマットと娘たちは、本当に偉いとしみじみ思います。既婚の男性必見の作品。


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