ケイケイの映画日記
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2011年12月06日(火) 「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」




う〜ん、ラストそうきますか!典型的な昔気質の、誠実なれど気難しく不器用な夫と、口答え一つして来なかった事が、今頃仇となった大人しく従順な妻との諍いを、ラストが現代的な味付けで鮮やかに拾い上げてくれます。私は医療事務としてナースさんたちは身近な存在なので、看護師の描き方に文句がありますが、夫婦ものとして観れば、充分及第点の作品です。監督は蔵方政俊。

60歳の定年を間近に控えた滝島(三浦友和)。仕事は鉄道の運転手です。無事故無違反で35年の歳月を運転手として過ごした彼は、定年後は妻佐和子(余貴美子)と静かに暮らしたいと願っていました。しかし佐和子は結婚前の仕事であった看護師として復帰したいと言います。反対する滝島。平行線の二人は、ついに佐和子が離婚届けを滝島に渡して家を出るという事態に発展します。

滝島の今どきでは絶滅に近いような頑固親父ぶりが良いです。真面目に仕事一徹であったろう彼は、飲む打つ買うなどなかったと思います。妻子に迷惑をかけたのは、仕事だけだったはず。大黒柱として働いた、その夫としてのプライドが滲み出ています。

一方の佐和子と言えば、不規則な時間帯の夫に合わせて家庭を守り、実母のがん闘病、子育てを経験しています。常に「誰かのため」の人生であったでしょう。夫の出勤や帰宅に縛られなくなったのを機に、彼女が今度は自分の生き甲斐を求める姿には、同じく主婦歴の長い私はとても共鳴しました。苦労なく、今までと同じ老後より、新たな自分を築き成長したいのです。

それを反対する滝島の気持ちには、未だに女房を働かせるのは男の沽券に関わるという概念があるのかな?設定は富山です。60歳前後の男性でも、都会では気にする人は少ないと思いますが、地方はまだ違うのでしょう。特に滝島のような安定した仕事を持っている人には。

娘より誰より妻が恋しい滝島ですが、それを言い出せない。感謝しているのに、それも言葉に出せない。恥ずかしいのでしょうね。妻はというと、今まで夫に逆らったことはないのでしょう。今回は清水の舞台から飛び降りるが如くの気持ちで、離婚届けを置いて、家を飛び出す。しかしこちらも本心は家に帰りたく、引っ込みがつきません。意地の張合いの不器用さが、事態は深刻なはずなのに微笑ましくさえ思えました。佐和子の気持ちをズバっと指摘する友人・清水ミチコの扱いも良いです。

佐和子がどうしても自分の意思を通したのは、ガン検査で引っかかり再検査となったことです。大丈夫だったのですが、そこで自分の人生を振り返ったのですね。この気持ちもよくわかる。しかし夫には再検査を告げていませんでした。乗客の人命を預かる運転手という仕事に就く夫を気遣い、今まで心配事は何も夫に相談してこなかったのでしょう。美談だと思います。しかし言わなきゃいけないのよ。夫なんてね、言わないとわからない。妻の不満など自分の思惑外なのです。決して悪気はないんですから。「今回の事は全て自分が悪い」と言う佐和子。今までたくさん砂を噛むような想いをしてきたはずなのにと、切なくなります。

この夫婦は話し合いがありませんでした。白か黒かの夫に従う妻。夫唱婦随です。夫は間違ったことは言わない人だと思います。それが結果として凶と出るのですから、夫婦は難しい。

と、夫婦の機微はとてもよく出せているのですが、看護師の仕事について、疑問がありました。まずターミナルケアの訪問看護の看護師として再出発したいと言うのは、ガンが背景にあるし、良い設定です。ブランクが長いので、即外来や病棟では荷が重いはずですから。しかしいくら担当患者(吉行和子)が在宅で治療したい気持ちが強いからと言って、危険な状態を脱していないのに、強引に家に帰るように主治医に物申すのは如何なものか。もちろんナースさんだって、医師に意見は言って良いと思いますが、一度却下されたものを、もう一度懇願する類のものではありません。

その後、患者はひと波乱起こすのですが、明日死ぬかもしれない老がん患者に、この動機は如何にも弱い。また孫が何より大事の描写ですが、孫は生きる望みではなく、幼稚園や学校に行く年齢が多いので、誕生日や運動会・学芸会を一つの目標や目安にする場合が多いはず。もちろん孫は可愛いでしょうが、年寄りと孫の強引なセット販売は、現実とは些か食い違う気がします。

そして危険を顧みず患者の元に駆けつける佐和子。こういう時は勝手に行動せず、上司の支持を仰ぐべきです。自分がケガをすれば、自分だけではなく、病院側や上司、強いては患者にまで迷惑が及ぶもの。この強引なナイチンゲール精神をナースのスタンダートにされると、現役のナースさんたちが可哀想です。それと佐和子が「この仕事をするにあたっては、もう家を守れない」も、現役ナースさんたちに失敬極まりない発言です。専業主婦と同じように家事は出来ないでしょうが、結婚も子育ても、周囲の手助けを受けながらこなしているナースさんたちは、一杯います。

訪問看護は、私は精神科の事しか詳しくはわからないし、ターミナルは昼夜問わずの時もあるかもです。しかし医療者側が私生活も犠牲にしてこそ、立派な医師・ナースのように描く事には、私は反対です。観客に誤解されるような描写には、疑問が残りました。そしてこの事を夫婦の絆が再び結ばれるように描くベタな演出には閉口しました。邦画は往々にしてこういう思い込みの激しい描写があり、垢抜けないなと思いました。

佐和子の仕事ぶりを見たのにも関わらず、朴念仁ここに極まれりの滝島の行動には、がっかりしました。しかしその後が、あっと驚くドンデン返し。こんな古臭い夫が、普通の夫には出来ないホームランをかっ飛ばしてくれるのです。反省して学習したんだと、胸が熱くなりました。

運転の際の周囲の風景がとても美しく、最後の運転の様子には素直にご苦労さまと言う気になりました。新米運転手(中尾明慶)やかつての同級生(仁科亜希子)の扱いは、もうちょっと工夫が欲しかったです。無くても可。娘とその夫(小池栄子・塚本高史)もしかり。要するに夫婦以外はイマイチでした。

しかし米倉斉加年演じる老人の「お前(滝島)、老後の時間なんて短いと思っているだろう。これが長いんだよ」と言う言葉が強く印象に残ります。隠居すると、毎日が長いなどとは、思いつきませんでしたが、当たり前ですよね。やっぱり一日でも長く働くなくちゃ。

平日お昼でしたが、観客もそこそこ入っており、ヒットの気配です。若いときは「俺がカラスを白だと言えば、お前も白だと言え」と妻に言っていたご主人方、老後は喧嘩したら先に謝る方が得策ですよ。だってそれは、あなた方の若き日の仕返しをされているわけで。うんうん、それが夫婦円満の秘訣です。


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