ケイケイの映画日記
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久しぶりの更新です。10日にこの作品と新しい方の「ヌードの夜」を観ましたが、出来はこっちの完全勝利でした。シュールでオフビートな笑いの中、不器用な男女の恋心が、おかしくも胸がキュンとする切なさで描かれています。監督は富永昌敬。
古びた平屋の借家に引っ越してきた番上(山田孝之)と妻あずさ(小池栄子)。あずさは妊娠中ながら、番上が失業中の為、スナックのママを続けています。近所へ引越しの挨拶に出向いた番上は、隣家の奈々瀬(美波)の挙動不審な様子に少々引いてしまいます。しかし彼女はあずさの高校の時の同級生で、同居している兄と称する山根(浅野忠信)とは血は繋がっていないと聞き、俄然興味津々に。あずさは昔諍いがあったらしい奈々瀬に、一方的に暴力をふるいます。
舞台みたいだなと思っていたら、舞台劇の映画化だそうです。なるほど全員が少々オーバーアクト気味ですが、微妙なさじ加減で調節していて、この辺は感心。私は浅野は下手だと思っていますが、今回声色を変えて、劇画チックな棒読み演技は、山根のキャラにとても合っており、ヒットでした。
四人しか登場人物がいないのですが、その内三人が尋常では考えられない変な人です。その中のたった一人残る「普通っぽい」番上なんですが、失業中のヒモ夫のくせに、奈々瀬にちょっかいを出す最低男と来たもんだ。それなのに、変に描けば描くほど、登場人物たちの複雑で切ない胸の内が浮き彫りになるのです。この感情が非常に現実的で生々しく、クスクス笑いながらも段々「あぁ〜わかるよ〜」と、全ての人に感情移入してしまいます。
激情型で気の強いあずさは、昔の怨念忘れ難く、執拗に奈々瀬に暴力をふるいます。それも妊婦なのに、窓ガラスに自転車放り込んだり、包丁持ち出す刃傷沙汰を起こしたりすごいのなんの。それに超ふてぶてしい。段々お腹がせり出すとね、妊婦って誰でもある種ふてぶてしくなるもんなんですよ。子供を我が身からひり出すと言う事は、それほどの免罪符をもらってもいいことのはず。しかし哀しいかな、彼女の夫は失業中で酔客相手に夜の仕事をせねばならず、人から同情を一身に受けてもいいはずなのに、何故か気の強さとふてぶてしさばかりが浮き上がる。
「だってお前、強いもん」とは番上が妻に向けた言葉です。強いわけないじゃん!「私はいつだってこうよ・・・」。守ってあげたい風情の女には、負けてばっかりの人生のあずさ。甲斐性のある女性を常日頃羨ましく思っている私なのですが、こりゃ女としては両刃の刃。番上のようなダメンズを引き当てて、苦労する目も大いにありってか。この辺の切なくも激しい女心を、小池栄子が絶妙に演じています。
びっくりしたのが美波。こんなに上手な子だったのか?と感心しました。何度も出てくる「私って面倒臭い女なんですよ」のセリフ以上の、奇々怪々に近い不思議ちゃんなんですが、人の気持ちばっかり考えていないで、もっと自己主張しなさいよと、励ましてあげたくなるわけ。ただの変な子ではない痛々しさがあるので、もうホントに庇いたくなってくる。でもあずさの真実味のある哀しさもすごーくわかる。この辺のあずさVS奈々瀬のコントラストは見事でした。
奈々瀬の役は難しいです。美波が超好演してくれたお陰で、何故彼女が今のようになったか、その謎が解き明かされていくと、繊細だけど独特の彼女の感受性に共感が生まれます。これは美しい人が演じないと魅力が半減する役です。期待に応えた美波に感謝したいです。
山根の摩訶不思議さも、最初は元から変な人なんだ、でしたが、奈々瀬との関係が明かされるに連れ、そりゃそんな体験をしたのなら、誰かに罪を着せたくなるだろうなと思います。そこから脱却出来ないのは幼稚なんですが、その幼稚さの裏に奈々瀬への思いがあり、童貞のまんまというのが、これまた純粋さに感じちゃうから不思議。理屈こねる大人子供っぷりが、上手いのか下手なのかわからない浅野の演技と、これまたマッチしていました。
変で過激で不思議な上記の人たちが、押し並べて純粋さを発揮して輝くのに対して、ただ一人普通の人の番上が不純さ出しまくりなのも、絶妙でした。彼がダメンズのままなのは、妻がしっかりし過ぎて甲斐性あるのがいけない。男ってこうなりますよ。リアリティ満点。この状況での情けなさ全開は、最大公約数の男性にあてはまらないか?最後は結局あて馬だったのかよ、の結果に、ちゃんと手痛いお仕置きもあり、よろしいんじゃないでしょうか?
面白くてやがて哀しき、というのは、世話物に多い気がします。この作品も描き方は過激でヘンテコですが、中身自体は舞台の借家のような、レトロで庶民的な青い鳥を探す姿や、恋しい人への思いを、切なくも屈折して描いていたと思います。拾いものでした。
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