ケイケイの映画日記
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2010年02月03日(水) 「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」




珍しいスウェーデンのミステリー。大ベストセラーの映画化で、多分原作は長尺なのでしょう、駆け足で描く部分に少し物足らなさは感じますが、概ねソツなく作られています。「華麗なる一族」の血塗られた秘密、宗教、猟奇殺人などを絡めて、上手く社会派ミステリーに仕上げてあり、私は面白く観ました。

月刊誌「ミレニアム」に勤めるジャーナリストのミカエル(ミカエル・ブルムクヴィスト)。大物実業家の不正を追及していた彼ですが、逆に罠に嵌められて失脚。半年後には刑務所に三か月入らなければなりません。そんな時大財閥ヴァンケル・グループの前会長ヘンリックから、40年前に失踪した我が子のように可愛がっていた当時16歳の姪ハリエットの消息を探って欲しいというものです。引き受けたミカエルですが、早々に調査は行き詰まります。その時、一通の状況を打破するメールが届きます。送信者はリスベット(ノオミ・ラパス)。彼女は秘かにミカエルの調査を依頼したヘンリックにより、調査と称してハッキング。彼を知るうち、真の正義感を持つ誠実なミカエルに関心を持ち始めていたのです。

前半ダーっと、必要限度の物語の背景と関係図が描かれます。それなりに解りやすかったし、役名は覚え辛かったですが、馴染みのない俳優ばかりですが、男女年代別に分かれていて、誰がどんな役回りなのかはすぐ覚えられます。ただし、時間の関係でやや説明不足の点は否めず、想像力を駆使しなければいけないです。でも上手くまとめているとは思います。

対照的に、主役二人の描き込みはとっても上手。ミカエルは正義感の強いジャーナリストですが、あまり人との争いを好まず、この手の人にしては珍しい温厚で誠実な男性で、芯の強さも伝わってくるし、作品が進むに連れてより彼を好ましく思えてきます。

そして強烈な個性を放つリスベット。彼女のようなヒロインはかつて観たことがないです。小柄な細身の体、ショートカットの髪型に服は革ジャンにジーンズ。顔には無数のピアス。バイクを果敢に乗りまわす姿は、思春期の怒れる少年のようです。若い女性らしい笑顔も愛想も全くなし。しかし徐々に匂わす彼女の過去に思いを馳せると、傷ついた心を必死に自分自身で守ってきた彼女がおり、観る者を惹きつけます。

訳ありで保護観察中のリスベットを、いたぶり弄ぶ男性保護司。こんな蛮行が現在のスウェーデンであるなんてと驚愕し、怒りが湧きます。しかしリスベットの報復の仕方がまた強烈。胸はすくのですが、この並はずれた度胸と知恵は、今まで如何に彼女が不本意な人生を歩んで来たかも、忍ばせます。そしてこの事が、ハリエット事件の重要な伏線となり、原題の「 MEN WHO HATE WOMEN」(女を嫌う男たち)にも繋がっていきます。

リスベットに協力を要請するミカエル。人、特に男性に尊重される事がなかったであろうリスベットは、優しく接してくれるミカエルに戸惑います。徐々に不器用ながら彼に心を開くリスベットの様子が初々しい。

捜査は天才ハッカーのリスベットの明晰さと、長年培われたミカエルのジャーナリストの勘が相乗効果を呼ぶ展開です。特に感心したのは、写真のネガから、40年前のハリエットの心境をあぶり出したミカエルの眼力です。デジタル全盛の今ですが、長年のキャリアと言うアナクロな部分も必要不可欠なんだなと、痛感します。

この二人を観ていると、今までのミステリーの男女のパターンが逆転していることに気付きます。女性は守られるものではなく、女性が常にリードし、男性の窮地に駆けつけるのも女性。訳ありの過去を背負い、心をほぐしてくれた相手を「抱く」のは女性で、受け止めて「抱かれる」男性。しかし「心を抱く」のは男性の方。攻撃的→女性、受け身→男性なのです。福祉大国で知られるスウェーデンですが、実は昔から男性による女性への暴力が社会問題となっているそうで、原作者はその現状に一石投じたかったのかも知れません。

しかし、どうしようもない男たちを描く一方、主要人物に誠実なミカエルやヘンリックを配し、目配せも万全。ただの男性糾弾には終わっていません。

長兄を差し置いて、何故弟のヘンリックが財閥を継いだのか、宗教になぞらえて犠牲になった女性たちの人種などに思いが及ぶと、過去も含めた社会派としてのスケールの大きさも感じます。そして血の通った一族の全てを金の亡者として嫌い、ハリエット事件の犯人として「誰もが怪しい」と言うヘンリックに、普遍的なお金や血族にまつわる恐ろしさも感じます。性的暴行の場面や猟奇殺人の場面では、かなり際どく凄惨な場面も出てくるので、ショッキングですが、観た後はそんな場面より内容の方が強く印象に残る、出来の良いミステリーでした。


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