ケイケイの映画日記
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2008年09月18日(木) 「おくりびと」




昨日のレディースデーに観てきました。モントリオール映画祭でグランプリ受賞で前評判もすごく高いので、万が一があってはならずと、仕事帰りにラインシネマでチケットを予約して、一旦帰宅。その後劇場に向かいましたが、予感的中。超満員で(客席100ほどですが)立ち見の出る大盛況でした。最近ラインシネマにたくさんお客さんが入って、本当〜〜〜〜に嬉しい!八尾にMOVIXが出来て以来、目に見えて観客が減っていたので、私が映画的産湯を浸かったようなこの劇場のこと(正確にいうと前身ですが)、すごく心配していました。劇場側のサービス向上や努力も感じられ、それが実を結んだのですね。でも一番は良い作品を提供することです。この作品も少しひっかるところはありますが、泣けて笑えて心に染みて、そしてとてもわかりやすい、上質の作品でした。監督は「陰陽師」などの滝田洋二郎。

チェロ奏者の大悟(本木雅弘)は、所属していた楽団の解散で、妻美香(広末涼子)と共に故郷の山形へ帰ってきます。チェロ奏者の道をあきらめた大悟は、新聞の求人チラシで見つけた会社へ面接に行きます。そこは死体を納棺する会社で、戸惑う大悟をしり目に、社長の佐々木(山崎努)は半ば強引に採用していしまいます。妻には言い出せぬまま、冠婚葬祭の会社と偽り、大悟の「納棺師」としての毎日がスタートします。

親を三人見送りながら、恥ずかしながら納棺師という仕事を知りませんでした。葬儀屋さんの仕事だと思っていました。実母・舅姑は病院で亡くなったので、看護師さんの手で、いわゆるエンゼルケアをして頂きました。なので湯灌というのは、この作品で初めて観ました。

冒頭粛々と進められる湯灌の儀を、こちらも居住まい正して観ていると、思いがけなく、声を出して笑ってしまう展開に。こうやってずっと、人の死という重たい題材を扱いながら、肩の力を抜いて、その尊厳について考えられるように作ってあります。そう言えば一族郎党集まる通夜や葬式は、泣くだけではなく、昔話に花が咲いたり笑ったり、結構賑やかなものですよね。

たくさんの納棺のシーンが出てきて、誰が死んだかによって、当たり前ですが周りの空気が全然違います。やはり孫がいるような年齢になってから亡くなる方が、なごやかな空気が漂います。それなりに長生きすることは、意味があるよなぁと感じます。

私が印象深かったのは、山田辰夫演じる男性の妻が亡くなった時の納棺です。妻は私くらいの年齢でしょうか?妻を亡くしたやり切れなさを、大悟たちにぶつける夫。しかし口紅がきっかけとなり、その思いは自分自身にぶつけるべきものだと悟ったのでしょう。もっと大切にすれば良かったとの悔恨の思いが湧いたのでしょうね。それが「今までで一番綺麗な顔だ」という、心からの感謝の言葉で表われています。他は奥さんや愛人(多分)、女の子の孫から、キスまみれにされていたお爺ちゃんの遺体が微笑ましかったです。私の想像通り愛人なら、妻といっしょに送ってもらえるなんて、すごい甲斐性だわ。

そうと言ってもやはり納棺。各々の場面で、何度か涙が止まりませんでした。場内は女性を中心に年齢層が高く、私のように身近な身内を亡くした人も多いのでしょう。当時の記憶が鮮やかに蘇りました。

段々仕事にやり甲斐を感じ始めた大悟に向かって、幼馴染み山下(杉本哲太)の心ない言葉や、予告編にも出てきた妻の無理解や「汚らわしい」の言葉が、大悟を悩まします。この辺の納棺師への偏見の強さに、ちょっと疑問が湧きます。若い美香はともかく、山下は父も見送り、葬儀の際の葬儀屋さんや納棺師の有り難さは身に染みているはず。それが町で出会った妻子に、「挨拶するな!」はないでしょう。のちのちの展開の伏線になっているのはわかりますが、この他にも訳ありの余貴美子扮する事務員女性の唐突な告白や、美香が納棺師の仕事を初めて理解する件など、ちょっと持って行き方が強引です。普通ならあの場に美香は同席させてはもらえないはず。私なら一度会ったか会わない人が、ああいう極々プライベートな場にいられたらいやです。

この辺脚本がもう少し練られていたらとも思うし、あとの展開の後味の良さを考えれば、不問にした方がいいのか、私の中で悩ましいです。

納棺の様子がとても見応えがあります。その様子は観てのお楽しみですが、とても厳かで美しいです。その様子は佐々木は力強く、大悟は優雅と個性が現れます。両方あの世への旅じたくとしては、とてもふさわしく感じます。思わず私も湯灌してもらって送って欲しいと思いました。

モックンがとってもいい。チェリストは想像するに、潰しの利かない仕事のはず。世渡りも下手そうな、でも誠実そうな大悟が、佐々木社長の口車の乗せられて、あれよあれよという間に一人前になって行く様子は、大悟の素直で純粋な性格が現れていて、良い意味で世間知らずは強いと感じさせます。チェロの演奏は吹き替えでしょうが、演奏姿は様になっていて、きっとたくさん練習したんだと思われます。

初めての強烈な死体処理に居た堪れない心地の大悟が、妻の体を求めるシーンが官能的です。夫婦のセックスは日常のことです。非日常の死を目の当たりにした大悟の戸惑いと苦しさは、妻の体を求めることで癒されたかったのでしょうね。素敵なシーンでした。

大悟がチェリストに夢を抱いたのは、チェロを弾くように指導した父への思いが、潜在的にあったと感じました。自分を捨てて行った父親を否定したい気持ちが、彼にそれを認めさせなかったのでしょう。表面的には静かでしたが、物語の中で顔の見えない父親の存在は大きく、死と表裏一体の生についても、血の繋がりを通して深く考えさせてくれます。この部分が効いているので、ラストは本当に泣かされました。子供に会いに行かないのではなく、会いに行けなかったのですね。本当は会いたくて堪らないのに、どの面下げて・・・という思いは、子供を置いて出奔した人皆が抱いている、と強く思いたいです。

出演者は全て良かったです。上に出て来ていない人では、吉行和子と笹野高史が印象深いです。広末涼子は評判悪いみたいですが、私は世間知らず同士の、素直で可愛い似たもの夫婦だと思って観ていたので、そんなに文句なかったな。良い奥さんぶりでした。

魂の器である肉体に、最後の尊厳を施す納棺師という職業を通じて、生と死、親子や夫婦の結びつき、人の縁など、人生について考えさせてくれる、肩の凝らない秀作でした。全く知らない方から、「あなたの好きな内容の充実した娯楽作とは、具体的にどういう作品ですか?」と尋ねられました。私が送った返事は、「わかり易くて面白く、様々な感情が刺激されること。平たく言えば感動です。観た後色々語れる作品ですかね?」でした。そういう作品です。


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