ケイケイの映画日記
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2008年07月03日(木) 「告発のとき」




重厚でとても立派な作品です。イラク戦争をアメリカ側の出征兵とその家族で描いています。このテーマは、妻であり母である人が戦死する「さよなら。いつかわかること」と同じですが、たくさん泣いていいんだよと、言ってもらえるこの作品とは異なり、こちらは涙を流すのを禁じられているかのような厳しさです。軍警察に定年まで勤め上げた人を主軸に持ってくることで、アメリカの多方面の苦悩も、深く掘り下げていました。監督は「クラッシュ」の、ポール・ハギス。

元軍警察に勤めていたハンク・ディアフィールド(トミー・リー・ジョーンズ)の元に、イラク戦争から帰還したばかりの息子マイク(ジョナサン・タッカー)が、無断離隊したとの電話が入ります。息子に限って、そんなはずはないと、この不名誉を回復すべく、軍基地まで出向くハンク。しかしマイクは軍近くの場所で、バラバラに切断され、黒焦げに焼かれて殺されていました。何故自慢の息子がこのようなことになったのか、地元警察の刑事で、唯一自分に協力してくれるシングルマザーの女性刑事エミリー・サンダース(シャーリーズ・セロン)と共に、事件の究明に乗り出します。

息子の探索のため、一人でモーテルに宿泊する彼は、きちんとベッドメイキングをして、アイロンがなくても、椅子の背でズボンの折り目をきちんとつけるような人です。反射的に私は、こんな夫はいやだなと思いました。ハンクが訪ねる基地の内部や部屋は、とてもきちんと整理整頓され、規律正しいです。ハンクが老いた今でもその習性が抜けないのは、軍のその几帳面さが性に合っていたのかなと感じました。ハンクは紹介された兵士たちが皆好青年であることに、息子もそうであろうと信じたでしょう。しかし息子の足取りを追うごとに露呈する、自分の知らない息子の顔。ストリップバーに通い、麻薬を吸っていたであろう息子に、困惑する真面目で愛国心に満ちた父。

自分もいっしょに息子を捜したかったのに、夫独りで行かれてしまった妻ジョアン(スーザン・サランドン)。そんな独善的なことは、きっと日常茶飯であったろうと思います。息子の死を知り飛んで来た母は、黒焦げでバラバラ、肉は野犬に食いちぎられて見る影の無くなった息子に、「部屋は低温なのでしょう?あの子が寒いわ・・・」と、独り言にように語ったとき、堪らず涙が出ました。「立派な父」は、泣き言は言わせず聞いてもらえなかったでしょう。死んだ息子に寒かろう、温めてやりたいと願う母があってこそ、ディアフィールド家は円満だったのではないでしょうか?観終わったあと、このシーンは厳父であるハンクとの対照になっていたと感じ、私の涙は正解だったのかもと感じました。

昔の同僚など、とっくに引退しているのに、未だ自分も現役の軍警察のように錯覚して行動するハンク。有能だったであろう彼は、杜撰な捜査にイライラし通しで、憤懣やるかたなかったでしょう。しかしこれには訳があったと、私は感じました。地元警察や軍警察は無能なのではなく、元々事の成り行きなどわかっていたのでしょう。臭いものには蓋がしたかっただけなのです。

エミリーは頑張って交通課勤務から刑事に昇進したのに、同僚の男性刑事からは、女を武器に手にした出世だろうとからかわれ、セクハラに合って孤立。きちんとした捜査のノウハウも教えてくれず、仲間として扱わない同僚男性刑事と違い、居丈高ではあっても、自分を刑事として扱い、ひとつひとつを紐解いていくハンクに、畏敬の念を持ったと感じました。そして自分も息子を持つ母であるというのが、ハンクに協力を申し出た所以でしょう。

次々と露呈していく、帰還兵たちの破廉恥の数々。携帯で写した、イラクでの蛮行はとても生々しいものでした。過酷な戦場で心のバランスを崩した兵士たち。犯人は優秀な軍人であったハンクの、遥かに想像を超えた人物でした。ハンクの知る軍隊は、昔のことなのです。このときやっと、自分が一人の老人でしかないと、彼は初めて実感したのではないでしょうか?

一人の兵士は、捜査するエミリーに向かい「国を守る俺たちに感謝しろ!」と、食ってかかります。しかしその後の彼の顛末は、国を守ったあげく、鬼畜となってしまった自分が許せなかったのだと、感じさせました。

「さよなら。いつかわかること」でも、抒情的に父と娘二人を映しながら、アメリカの持つ父権性、男性意識に拘る姿を映していましたが、こちらは女性を排他することで描き、もっと強烈です。セクハラに合う女性刑事、トップレスで仕事をする50絡みの女性エヴィ(フランシス・フィッシャー)。特に私はエヴィが強烈に印象に残っています。設定ではハンクの妻と同年代でしょうか?若造りでかつらを被り、トップレスで客の酌をする彼女の素顔は、どこにでもいる善良そうな、普通の中年婦人でした。独身女は頑張って出世すればエミリーのようなセクハラに遭い、これと言って技能がなければ、中年になっても裸になって、男に媚を売って暮らしていかなければならず、結婚すれば、ハンクの妻のように我慢を重ねるようになるのかと、暗澹たる気持ちになりました。これが現代のアメリカの全てではないでしょうが、一断面ではあるということに、驚愕します。

そしてマイノリティーへの根深い愛国者たちの差別心。ハギスは「クラッシュ」で中心にしていた事柄を、この作品でも挿入していました。

しかし暗く重い事実ばかりが描かれますが、後味は決して悪くはありません。署長(ジョシュ・ブローリン)が、あっさりエミリーの陳情に応えますが、署長も事の次第は薄々わかっていたはずです。それでも彼女に捜査させたのは、孤立する彼女に現実を認識してもらい、また孤軍奮闘する彼女の姿を同僚刑事に見せ、考えを改めて欲しかったのではないかと感じました。署長の意図は功を奏したようで、終盤では遅くまで仕事するエミリーに、同僚刑事は挨拶して帰宅します。

息子が殺されたと聞いた時、何故軍人にしたと夫をなじった妻。ハンクは息子が決めたことだと言い返します。しかし全て終わった後、過去を反芻する彼は、何故自分は息子の気持ちをわかってやらなかったのだろう、何故あの時息子がSOSを出したとき、通り一遍の励ましだけで終わらしたのだろうと、深く悔恨し、自分を責めるのです。

私はこの描写は素晴らしいと思いました。根っからの軍人であり愛国者である人が、軍人であり、軍人であった人生に、初めて疑問を持ち悔恨するわけです。なかなかこの境地に、人は辿り着けるものではありません。例え息子が亡くなったとしても。そしてハンクは、とある男性にラストで心から謝罪するのです。息子の死は、決して無駄ではありませんでした。いや無駄にしなかったハンクは、やはり立派な父であったと私は思います。

ジョーンズもセロンもとても良かったですが、私は出演シーンがほんの少しの、サランドン、フィッシャー、ブローリンが、とても印象深いです。これだけのシーンで、私が与えられた感想がたくさんあるのは、この人たちの好演あってこそだと思います。

ラストの出てくる、逆さまの星条旗。最初の方で全く逆のシーンを観た観客には、深い感慨が過ることでしょう。

今年はアメリカの現在を、戦争と絡めて描く作品が多数ありますが、私は「さよなら。いつかわかること」と、この「告発のとき」が白眉だと思います。戦場を描かずとも、反戦の心は描けるのです。平和に暮らす日本で、戦争について考えるのには、うってつけの作品だと思います。





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