ケイケイの映画日記
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2008年01月26日(土) 「ジェシー・ジェームズの暗殺」




2007年度ヴェネチア映画祭、主演男優賞(ブラッド・ピット)受賞作。
映画友達の皆さんが大のつく絶賛なのに、何故か多くのシネコンで二週間で打ち切り続出で、私もまだ続映する「やわらかい手」を後廻しにしての鑑賞でした。いや本当に観て良かった!三時間近くの長尺ながら、ずっと緊張感が持続する中、様々な感情が湧き起こる秀作でした。

南北戦争後のアメリカ。ジェシー・ジェームズ(ブラット・ピット)は、兄フランク(サム・シェパード)ど共に、強盗や殺人を繰り返し、無法の限りを尽くしていました。今回も列車強盗のために、同じようなメンバーを集めました。その中にジェシーを幼い頃から偶像として崇拝するロバート(ケイシー・アフレック)がいました。ロバートは兄チャーリー(サム・ロックウェル)がメンバーにいたため、ジェシーに直接懇願してメンバーに入れてもらいます。

ジェシー・ジェームズと言う人は、ちらっと名前だけ知っているだけで,
義賊のような人だと思っていました。しかしこの作品では、カリスマ性はあっても凶悪な犯罪者であって、義賊というのは時代が作り上げたお話、という描き方です。

そのことについて浮かれもせず、悩みもせず、客観的に常に冷静なジェシー。しかし名声が高まるにつれ、彼は猜疑心の塊になり、自分を慕うロバートの心を弄び、いつも逮捕と死を恐れる心は仲間から浮き上がらせ、ジェシーを静かな怪物のような存在にして行きます。

何が緊張するかって、ジェシーの一挙一動に皆が固唾を飲んでいるのがわかるのです。そしてまた、ジェシーは次にどんなリアクションを起こすのかが、全く読めない人なのです。怒るかと思えば大笑いし、優しくするかと思えば突き放し。彼の意に沿うよう懸命に次の行動を模索し、表面を取り繕う仲間たち。ジェシーのカリスマ性を表現しながらも、偶像として祭り上げられる者の悲痛な孤独も、見事に浮かび上がらせていました。

そんな中で純朴で善良ですが、少々愚鈍なロバートは、人一倍ジェシーに憧れていたはずなのに、次第にジェシーに反発心を抱きます。これが男女間の愛や、または同性愛だというなら、自分の理想と違う相手を受け入れるのは、割に容易い事だったかも知れません。しかしロバートにとってジェシーは偶像なのです。目の前の男が、自分の理想の清々しく豪気溢れた人間ではないというのは、許されないことのはず。しかしその猜疑心の塊の男は、それでもとても魅力があって、気まぐれに自分を可愛がり、そして傷つける。映画もテレビもラジオさえない時代。流行の書物が虚実ない交ぜに描くジェシーを信じきっていたロバートが、現実の彼と世間が作り上げた彼とのギャップに戸惑い、やがて愛憎混濁する気持ちになるのを、とても丁寧にじっくり描いています。

兄フランクはそんな弟から距離を置く為、この仕事から手を引きます。仲間達が惰眠を貪り、商売女にうつつを抜かしている時も、この兄弟は常に拳銃を握って眠り、少しの物音でも引き金に指を賭けます。全然他のアウトローたちとは違うのです。それがどうして兄は安息を求め、弟は神経をすり減らしながら犯罪者として生きたのか?その辺が一度観ただけでは、まだわからないのです。ジェシーもまた、偶像である自分に縛られていたんでしょうか?

「暗殺」とタイトルにあるのに、その場面に近づくと、緊張感はマックスに。この辺の盛り上げ方は、決して派手さはないのに秀逸でした。私が思うに、ジェシーはロバートの手で、そして愛する家族のいる家で、殺されたかったのではないかと感じました。病んでいく自分の神経に、一番振り回されたのは、ジェシー自身ではなかったか?ジェシーは自分にまとわりつくロバートに、「俺のような人間になりたいのか?それとも俺になりたいのか?」という質問をぶつけています。ジェシー・ジェームズであり続けることに耐えられなくなった彼は、ロバートに「ジェシー・ジェームズを殺した男」としての人生を贈ることで、答えを導くようにしたのではないかと感じました。

ジェシーもロバートも同じように仲間を売り(と私が受け取った場面あり)、背後から仲間を撃っています。しかしジェシーは死して尚名声を高め、ロバートは卑怯者の謗りを世間から受けます。私のような年齢なら、人には「分相応」というものがあると知っています。しかし若いロバートにはそれがわからない。ジェシーを殺すことで、自分の憧れていた人を超え、名声を得られると思っていたのでしょう。自分が若い頃よりはちょっぴりましな人間になっていると実感する時には、人は老いているものです。若げの哀しさというものを、感じさせます。

ブラピはその美貌が災いして、近年これといった強い印象の役がなかったように思いますが、中年という俳優の分岐点に来て巡り合ったこの作品は、必ずや彼の代表作になると思います。難しい役だったと思いますが、彼の好演のおかげで、ジェシー・ジェームズが、段違いの偶像だったという事に、ものすごく説得力がありました。昔から思っていたんですが、彼は自分の美貌には執着ないように感じるんですが。

オスカーにノミニーされているアフレックも、凡人の哀しみを小動物のようにチマチマ演じて、これがロバートの造形にドンピシャの好演でした。「今日は良くない日だから、気をつけるように」との言葉に、「昔から幸せだったことがないので、気にしない」との台詞には、胸を締め付けられました。向上心ではなく功名心を心に持った若者を、繊細に演じていてとても良かったです。

サム・ロックウェル、サム・シェパードなど、その他の主要キャストも、有名無名の人全て、とても良かったです。私が特に秀逸だと思ったキャスティングは、ジェシーの妻役のメアリー・ルイーズ・パーカーと、ロバート兄弟の姉役アリソン・エリオット。ともに地味ながら主役も張れる実力派ですが、作品の雰囲気をよく理解して、控えめな演技で男の世界の話を支えていました。

広大なロケーションはとても見応えがありました。若葉が芽吹いていたり、豪雨だったり、雪深さが寒々として気分が沈んだり、作品の内容と同時進行で、雄弁に語っていました。スクリーンで観る価値充分の作品なので、どうぞ機会があれば劇場でご覧になることをお勧めします。


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