ケイケイの映画日記
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2007年06月27日(水) 「フランドル」



ボーダーラインだった作品ですが、親愛なる映画友達のお二人のボーイフレンドから勧められて観てきました。正直好みのタイプの作品ではありません。ですがとあるオフ会で、私が観ている時そんな大した作品じゃないと思っていたのに、家に帰ってから、じわじわすごい作品だったという映画があると言うと、周りの方々は皆肯いて下さいまして、ご経験がお有りのよう。そんな作品でした。監督はブリュノ・デュモン。2005年度カンヌ映画祭グランプリ作品。とても難解な作品で租借出来ない部分もあるため、観た方にこれでいいのが教えていただきたいので、今回ネタばれです。

フランスの北端のフランドル地方の小さな田舎町。少女バルブ(アデライード・ルルー)は、複数の青年たちとセックスを重ねており、その中には出征間近の幼馴染のデメステル(サミュエル・ポワダン)もおり、バルブに好意を寄せています。そんな中バルブはカフェで知り合ったブロンデル(アンリ・クレテル)とも関係を持ちます。やがて村の数人の若者たちは戦場へ。その中にはデメステルとブロンデルもいました。戦場であらゆる罪を犯す若者たち。その状況に呼応するかのように、バルブの精神は病んでいきます。

冒頭出征が決まったデメステルが隣人に、「戦場に行くのが楽しみか?」と聞かれ、「ああ」と答えます。普通なら仰天するような言葉ですが、こののち広大なこの土地の風景を見せられ、農業か酪農しかない刺激のないこの町に住んでいるなら、若者なら戦場であってもここから出たいと思っても自然かと、思い直します。豊かな自然が平和で美しいと感じるのは、都会暮らしのそれなりに生活に疲れた経験のある、私のような中年以降の人間であって、その土地しか知らない若者には、むしろ息苦しさがあったのかと思います。

最初のバルブとデメステルのセックスシーンが余りに淡々としているので、また不思議に思います。彼女は誰彼なしに寝ているようですが、淫乱というのではなく、行為が終わるまで無表情です。デメステルもあっさりしていますが、それでも彼女への好意は感じられます。バルブが他の男とセックスするシーンが出てきますが、その時も無表情。行為事態は画面に映りませんが、彼女が悦びの声をあげていたのが、ブロンデルとの時だけです。

バルブの相手は若い男だけ。戦争に行くか行かないかで選んでいます。彼らの出征前、辛い感情を溢れさせるバルブ。ステディな関係のブロンデルだからと言うのではなく、他の若者たちであれ、戦場に行かせるのが辛いのです。バルブは彼らに自分自身を与えることで、精神のバランスを取っていたのでしょうか。

戦場で彼らの身にふりかかる出来事は壮絶です。戦場は明確に定義されておらず、敵は中東の国ようですが、これはあちこちで起こる戦争全部を表現しているからでしょう。戦場のシーンはとても緊張感があるのですが、ハリウッド映画で表現されているような、娯楽然とはしていません。何気ない瞬間に人が死んでしまうのです。ほんの一瞬のことで、何がなんだかわからず、我に返った時に激情を溢れさせる兵士たち。味方も次々死んで行きますが、彼らもまだ子供の少年兵を射殺したり、見張りの女性兵士を輪姦します。観ていて呆気にとられ、やがてじわじわ怖さが募るような演出です。

BGMの一切ない中、衝撃的ですが極力あるがままの出来事を描いているに過ぎない演出。よく戦場では地獄を観た、あの殺戮は戦争がそうさせたと表現されますが、私には彼らは正気に観えます。人が次々死んでいく中、日頃は心の奥底の眠っている、本能的な暴力心が目を覚ましたのだと感じました。それは戦場だからではなく、喧騒とした都会などでも起こる可能性があるように思うのです。

一人輪姦には加わらなかったブロンデル。デメステルもバルブを愛していたし、他にも国に恋人がいる兵士も輪姦に加わっています。何故彼だけが?私は事前にバルブが彼の子を宿しているという手紙を送ったからだと思いました。自分の子を宿す女性が待っている、自分は父親になるという感情が、ブロンデルを抑制させたような気がします。戦場であっても理性を保つことは出来ると表現していたように思います。「蟻の兵隊」で感じた、気の毒なおじいさんたちへの私の嫌悪感を、後押しされた気がしました。

一方平和な村にいるバルブは、子供が出来たとブロンデルに知らせながら、また若い男と関係を持ち、子どもは堕胎すると言います。統一性のない精神状態に、彼女は精神病院へ入院させられます。彼女は村にいながら戦場で興ったことが見えていたのでした。この表現の仕方は、私はバルブが神に選ばれし少女だったとしか解釈出来ませんでした。出征していく兵士に体を与えるというのは愛、戦場が見えてしまうで、ブランデルの死が知らず知らずに予期出来てしまい、子どもを産まない選択をしてしまう。この出来事は彼女の精神異常に拍車をかけてしまいます。そして彼女がお腹の子がブロンデルの子だと確信したのは、彼女がブロンデルを愛していたから。それがカフェの車の中での、劇中一度だけ聞く彼女の悦びの声だったかと、気がつきました。受胎の神秘も感じさせるのですが、この辺すごく解釈が難しいです。

精神病院で主治医に向かってバルブが罵りの言葉を吐くのですが、私がわからなかったのは「この私生児が!」です。相手は男性医師でしたが、とても傷ついていたようでした。この意味はなんなんでしょうか?

たった一人戦場から帰郷したデメステル。数々の心に傷を負ったぼろぼろの彼は、初めてバルブに対して愛を告白します。それに応えるバルブ。最初、自尊心のためか愛を告白出来ないデメステルを観ていたので、この告白はとてつもなく重みがあります。この作品のテーマは、人が持つ根源的な暴力と性を描きながら、犯した罪は赦されるのか?と言ったものだそうです。私は忘れるのではなく、一生自責の念を抱くからこそ、赦されるのだと思いたいです。


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