ケイケイの映画日記
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2007年02月03日(土) 「魂萌え!」

2週間ぶりにやっと映画館に行けました。急死した夫には、妻の知らない愛人が!という設定は知っていたので、「あなたの妻でいて、幸せでした。今、私のもうひとつの人生が、始まります。」というコピーから、てっきり紆余曲折を経て、しっかり夫の愛を確認してから変身するのかと思っていたら、作品の意図はコピーの後半にありました。おとなしかった熟年女性の冒険と飛躍を、きめ細やかに爽快に描いていて、大変共感出来る作品です。

専業主婦の関口敏子(風吹ジュン)は59歳。63歳の夫隆之(寺尾聡)が心臓麻痺で急死し、生活が一変します。そんな時夫の携帯が鳴り、10年来夫の愛人だった伊藤昭子(三田佳子)の存在が明るみにでます。8年ぶりでアメリカから妻子を連れて帰ってきた長男彰之(田中哲司)は、同居してやるだの、遺産のことばかり話し、恋人と同棲中の長女美保(常盤貴子)はそんな兄を批判するばかりで、子供達は敏子の悲しみに寄り添ってはくれません。友人達(藤田弓子、由紀さおり、今陽子)らに励ましてもらいますが、ついに彰之と衝突した敏子は、カプセルホテルにプチ家出します。このことが契機になり、新たな敏子の人生が幕開けとなります。

今回ネタバレです。ネタバレでも大丈夫だと思います。
主演の風吹ジュンは、黒木瞳が40代に突入する前は、「憧れの40代女性」として、同年代の憧れを一心に集めていた人なので、この年齢の役は可哀想なんじゃないの?と思っていましたが、これがこれが、ちゃんと60前のご婦人に見える。実年齢は50半ばなので気持ち若いですが、服装も野暮ったくもなく、さりとてセンス良いわけでもなく、お色気なんてものもなく、外観を含め実に等身大の善良な主婦を具現化しおり、とても好演です。
まだまだ若い頃の自分を捨てがたく、美貌と若さの維持に必死な同年代の女優も多い中、「美しく」よりも「自然に豊かに」年を取ることを選んでいる風吹ジュンを主役にしたことが、この作品の一番の長所だと感じました。

年齢と言えば、夫の愛人昭子が見るからに自分より年上だというのは、正直面食らったはず。そして自分より年上の女性を愛人にした夫に猛烈に腹がたったと思います。この年代の女性は、一つでも若い方が女は勝ちだという認識が強いはずですから、同時に敗北感も感じたでしょう。それを初対決時、敏子には老けた似合わないオレンジ色の口紅をつけさせて、白髪混じりの髪の昭子には、黒のストッキングに浮き出る艶めかしい赤いペディキュアで表現するなんて、へぇ〜阪本監督やるもんだと、ちょっとニンマリ。これは原作もなのかな?

子供達の遺産相続に絡んでの自分ばっかりの様子にも、うちの息子たちはこんなことはしないよ、と誰が言えよう。付く者が付くと、子供が親のことは二の次三の次なんて当たり前ですから。わかっちゃいるけど寂しいもんですよ。でも寂しさよりも、戸惑いと腹立ちが先に来る敏子にも強く共感。絶対私だってそうだから。序盤は不安定でか弱い敏子の精神状態を表すため、時々急にキレてしまう様子を挿入するのが、後々の彼女の変貌との対比になっています。

カプセルホテルで自由を満喫してい彼女の様子を、とても上手く描いています。一人で映画を観て自分だけのコンビニ弁当を持って帰るなんて、もの凄く羨ましい。家族にコンビニ弁当を食べさせるなんて主婦の恥ですから、敏子だって私だって、朝昼晩毎日せっせと食事を作っていますが、自分だけならインスタントラーメンだろうがパンの耳だろうが、へっちゃらだからね。家事もしないで一日好きにほっつき歩いて、たった一人で手足を伸ばせる空間があるなんて最高ですよ。これが鄙びた温泉にでも敏子を行かせたら、私は羨ましくもなんともなかったはず。だってお金がもったいないじゃん。誰も世話せず自分のしたいように出来るなら、カプセルホテルで充分です。主婦をわかってるなぁ。

このカプセルホテルで暮らす老女・加藤治子の怪演がまた素晴らしい。落ちぶれた女の侘しさはグッと心に秘めて、それを飯の種にして詐欺まがいのことをして生計を立てるなんて、あっぱれなしたたかさです。早くお迎えが来て欲しいと愚痴る年寄りより、ずっと素敵。でも彼女のしたたかさは、頼りない甥の側に居て、見守ってやりたいという母性から来たのだと、のちのちの展開で感じるのですから、女の雀百までは母性も共に、ってか。

林隆三扮する美老人の夫の友人とのアバンチュールは、あれは「愛ルケ」のパロディだわね。年取っても女磨いときゃ、こんな美老人が老人会でモーションかけてくる事もあるかもなぁ、私も頑張ろうと思いましたが、あんまりあっさりエッチまで行くんで、えぇ?遊ばれんぞと思う私。そんなことは露ほども思わず、久方ぶりのときめきに期待をかける彼女は、あっさり裏切られます。彼女の世間知らずさを表現しているのでしょう。二回目に会って、お茶も飲まずに速攻ラブホはないわなぁ。後で食事もと思っていたみたいだけど、順番が違います。きっと林爺ちゃん、かっこいい割には女遊びはしていなかった模様。こういう時渡辺作品の主人公は、長く側に置いておきたい女なら、例え50だろうが60だろうが、たっくさんお金使うぞ。あっちこっち女が行った事ないとこ連れ歩くぞ。現実はこの作品のようなもんですね。

「愛ルケ」と言えば、ケッ!と思った菊治と違い、今回の情けなくうらぶれたトヨエツはとっても良かったです。あれは母性本能くすぐりますよ。妻に愛想をつかされ、叔母のお骨を抱いて泣く彼には、敏子の夫や林老人にはない、弱さをみせるのも男の誠実さと感じさせました。

妻VS愛人の対決シーンはなかなかの迫力。「阿修羅の如く」の大竹しのぶVS桃井かおりに匹敵するかも。昭子が年甲斐もなく、敏子にあんたの夫はああ言っていた、こう言っていたと食ってかかればかかるほど、惨めに見えるのです。昭子自身がそれをわかっていたはずです。それはペディキュアのなかった素足の爪が物語っていました。10年の夢から覚めて現実に戻ったのですね。

夢を観たかったのは、夫もいっしょだったかも。敏子は現実、昭子は夢。夢や希望を持たなければ生きていくのが辛いのには、年齢は関係ありません。お年寄りの「早く死にたい病」は、きっとこれなのでしょう。若い女は気おくれし、手じかにいたのが会社の同期の昭子だった、そんなとこでしょうか?それが思いの外関係が続いたのは、昭子が一人身だったからのように思います。彼女の寂しさが色濃い情になり、隆之を離れがたくさせたような気がします。本来なら敏子といっしょに罵倒したいはずの昭子なんですが、何故か同情したくなるのです。

しかし夫も昭子も林老人も、どうしてみーんなイロに走るの?それもいいけど、人生の成熟期から晩年に、何故それだけなの?みんな渡辺作品の読みすぎなんでしょうか?それとも会社に吸い取られて、もう他のことは考え難く、手っ取り早いから?今まで想像もしなかった現実にぶち当たりながら、ひとつひとつ乗り越えたくましく成長する敏子とは対照的です。今まで夫のため、子供のためと、誰かのために生きるのは、きっと力が蓄えられるのですね。敏子が初めて自分のためだけに生きる姿は、とても眩しく清々しいです。

私がふいに涙が出たのは、娘が結婚に踏ん切りがつかない理由が、相手が子供がいらないと言うからと言った時の敏子の言葉です。「子供いらないよね?」という美保に、「そんなことない!子供はいた方がいいよ!」と力強く敏子が言い切った時です。今は大人になって勝手なことばかりほざく子供達ですが、あの母と子の一心同体で濃密な幸せに満ちた時間は、過去のものではあっても、決して幻ではないのです。親が思うほどではないにしろ、子供達だって親のことは案じているのです。それで充分。さりげなく暑苦しくない描き方が好ましいです。

敏子を裏切った夫とて、敏子に感謝の握手を求めたのも、長男に敏子の行く末を託す電話をしたのも、全て真実なのです。愛人のことは、わからなかった女房も悪いのですよ。発覚時にこそ動揺が隠せなかった敏子ですが、幾多の経験を積んだ彼女には、それがわかったはずです。

豪快にビールを飲み、鉄板焼きを食べる敏子の姿は、「お一人様」の快さが満ちています。いいですねぇ、お一人様。この年代の人は女が一人で飲み食いするなど、はしたないと教えられていたはずです。生理もあがり更年期も乗り越え、子供を育て夫を見送った後のこの自由さは、若い頃とは一味もニ味も違うはずです。老いをきちんと受け止めながら、女は自由自在に進化できるのですねぇ。これは男にはない、女だけのしたたかさかも。ラスト、映写室から「かっこいいなりたかった自分」に見事になった彼女を見て、私もこれからの人生がとっても楽しみになりました。

ところで63歳で亡くなった隆之が愛人を作ったのは10年前なので、53歳の時。うちの夫は今53歳。今まで夫は浮気などしたことがなく、これからもそういう心配はないと思っていましたが、大丈夫かな?本人に聞いてみたところ、「お前だけで手いっぱい」ですと。本当かな?


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