ケイケイの映画日記
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2006年12月30日(土) 「犬神家の一族」


多分今年の最終鑑賞作。噂にたがわず、もー、元の作品そのまんま。しかしそのまんまと言えるのは、あのセリフあのシーン、私が覚えているからなのだな。それは元作が傑作だという証明にもなるかと思います。筋が命のミステリーを、それでもそこそこ面白く見せてくれたのはさすが市川監督だと思います。ただ元作の高峰三枝子の松子を超えると言われる今回の松子・富司純子ですが、私は息子菊之助との共演シーンで、高峰版松子に思わぬ憐憫を感じてしまいました。

今回ストーリーは、みんな知っているので割愛(年末につき、ごめんね)。
&ネタバレです。

確かにオープニングの音楽を聞くと、わー懐かしい!となります。石坂・金田一も、流石に走る姿はドタドタですが、齢65歳と思えば立派な若々しさです。うちの旦那なんか53ですが、この何年も全力疾走なんかしていないはず。ちょっと顔に年齢特有のシミがありましたが、これはメイクかCGで処理して欲しかったかな?

私が一番楽しみにしていたのが、加藤武の「よーし、わかった!」です。最初の一発目は、さぁ言うぞ、もう言うぞとこっちが待っていると、少しためた後、「よーし、わかった!」が出て、思わず自分の顔がほころんだのがわかりました。元作の出演者である高峰三枝子、小沢栄太郎、岸田今日子など、鬼籍に入られた方も多い中、加藤武にはいついつまでもお元気でいて欲しいと思いました。

それなりに面白くは観たものの、元作を知っているものは懐かしさ以上の物はありません。キャスティングはちょっと待った!という感じも多いですし。まずは珠代役の松島奈々子はちょっとなぁ。元作の島田陽子は、当時は本当にこんな清楚で美しい人はいないと感じさせた人なので、「びっくりするほど美しい人ですよ」の言葉も、素直に肯けましたが、松島奈々子は時代の波に乗って飛躍した人で、決して美人ではなく、むしろ愛くるしいファニーフェイスです。松竹梅役の、富司純子・松阪慶子・万田久子の若かりし頃の方が、ずっと綺麗でした。デカ過ぎ&年が行き過ぎで、楚々とした守ってあげたい可憐さに欠けます。佐智のレイプ場面など、抱っこした池内万作が彼女が大きすぎて、はぁはぁ言ってるのがわかりましたが、それってあかんやん?

佐竹&小夜子は、元作は川口恒&川口晶の実の兄妹が演じ、役の上とは言いながら、「妊娠しているのよ」との小夜子のセリフはドキドキさせ、土俗的で猟奇的でインモラルな、この作品の雰囲気にマッチしていまいた。今回の池内万作&奥菜恵は、まぁそれなり。というか、私は池内万作はコメディが似合うと思うんですが。

はてさて、私が安全パイだと思っていた富司純子で違和感がありました。彼女の演技はこの作品にダメ出ししている人も絶賛で、私も手堅く見応えがある演技だとは思います。しかし元作の高峰三枝子には完全に負けていました。思うに話題作りのはずの、実の息子の菊之助を佐清に持ってきたのが、私にはダメでした。もちろんキクちゃんの演技にも文句あるんじゃありません。

今の富司純子は、絵に描いたような幸せな主婦のはず。娘盛りを渡世に賭けて、世の男性方を熱狂させているピーク時に、愛する男、それも難しい梨園のプリンスの元に嫁ぎ、あっさりスター女優の座を投げ出し、しばらくは夫を支え育児に勤しみ、立派な家庭を築き上げ、もう大丈夫という頃に女優復帰。その後の活躍の目覚しさは、年齢から考えれば立派なもので、夫もしっかり歌舞伎界の重鎮になり、美貌を引き継がせることが出来ず内心不憫に思っていたであろう娘も、精進の甲斐合って見事女優として開花、跡取り息子は他の家の跡取りたちのようなスキャンダルもなく、今回も立派に演技を披露してくれています。それもこれも彼女の頑張りがあったからで、それについては素直に尊敬出来るし、同じ主婦として憧れもします。でも犬神松子は、人から憧れられる人が演じちゃいけないんです。

犬神松子と言う人は、長女に生まれたため跡取り娘として暴君の父親が支配する家から出られず、母親とは幼い時引き離されたでしょう。夫はもうすでに亡くなり、頼りは一人息子の佐清だけのはず。竹子・梅子は婿養子を取るも、家からは離れ怨念の深い犬神家から離れ、自由に自分の家庭を築くことが許されたはずです。だから妹二人と松子は、苦しみの幹はいっしょでも、枝ぶりは全然違うのです。

金田一は「あなたは財産を独り占めにするため、佐竹さん佐智さんを殺したんですね」と言いますが、それは違うと思います。戦争であんな顔になってしまい、財産も一円も相続出来なければ、佐清は妻を娶ることも出来ず、最悪路頭に迷うこともあるかも知れない、そう母親なら思って当たり前です。
珠代に選ばれる選ばれないは、佐竹・佐智より重みが全然違うのです。

今回もセリフにあった「お前が偽者だなんて、珠代の嘘だよね?」の松子のセリフには、高峰版松子には、母の必死の盲愛と執着、哀しさと甘さ、そして世界の誰より息子が大切、そんな思いの丈が、たったあれだけのセリフに感じられましたが、今回の松子にはそれがありませんでした。

思うに高峰三枝子も夫と別れ、女で一つで一人息子を育てた人です。その息子は確か品行に問題があり、警察沙汰を起こしたことがあったはず。「お前が偽者だなんて」は、「お前があんなことをしたなんて、嘘だよね?」の、高峰三枝子の気持ちが被さっていたのではないかと思います。真実はわかっているのに見たくない知りたくない、愚かで切ない母心です。

ミドルティーンだった当時の私が松子に理解を示し、自殺のシーンで泣いたのは、自分の全てを注いだ高峰三枝子の名演技が呼んだことだったんだと、今思います。今回富司純子は立派な演技をしているのに、幸せさが透けて見えてどうも感情移入出来ない松子でした。

キャスティングって大事なんですよね。元作を知らない方は、今回の松子で十分だったと思います。犬神松子を、どうぞひどい女だと思わないでね。

今年はこれで感想文は〆です。
皆様、お付き合いいただきありがとうございました。
どうぞ良いお年を。


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