ケイケイの映画日記
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2006年02月24日(金) 「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」


本年度ゴールデングロブ賞ミュージカル・コメディ部門で、最優秀作品・主演男女優賞を取り、オスカーでも主演男女優賞にノミネートされている作品です。偉大なアメリカのロカビリー歌手、ジョニー・キャッシュと、その妻(2度目)ジューン・カーターの伝記物で、何でもキャッシュを演じるホアキンがそっくりなんだとか。ほ〜、それは楽しみ、と思っていましたが、ここで問題が勃発。よく考えたら、わたしゃジョニー・キャッシュの歌を知らないどころか、顔さえはっきりわかりません。この作品にもちょい出てくるプレスリーなんぞ、歌も知ってる映画も観たことあるのに、どうしてでしょう?(ちなみにやはり出てくるジェリー・リー・ルイスが歌っているところは、テレビで観たことあり。)こんなんで大丈夫かいな?の危惧も、二人の熱演と心地よい音楽で、見初めてからすぐに払拭されます。キャッシュをご存じない方でも、問題ない作品です。ちなみに、↓が本物のキャッシュ。ちょっと恐そうですね。

貧しい綿花を作る小作農の家に生まれたジョニー・キャッシュ(ホアキン・フェニックス)。幼い時大好きだった兄に死なれ、お気に入りだった長男を亡くした父は「神様はいい子を連れていった」と、さもジョニーが死ねば良かったようにいい、その時から長く父とジョニーは確執がありました。二年の軍隊生活を終え、初恋のヴィヴィアンに猛アタックしたジョニーは、首尾よく結婚までこぎつけます。しかし幼い時からラジオから流れる歌が心の支えだった彼は、仕事が身に入らず、熱心なのは趣味のバンド活動だけです。妻とケンカが絶えない日々でしたが、あるレコード会社のオーディションに合格した彼とバンドは、一躍流行歌手の仲間入り。ツアーに次ぐツアーの成功は、彼に膨大な金をもたらしますが、離れて暮らす妻とは徐々に溝を深めていきます。そんな彼の心の支えは、少年の頃から憧れていた、幼い時から舞台に立つジューン・カーター(リース・ウィザースプーン)でした。キャッシュとジューンはツアーを組み同じ舞台に立ちますが、激しく消耗する心身に、やがてキャッシュは薬と酒、女に溺れていきます。

この系統の大衆音楽家のお話は「レイ」でも描かれています。酒と女と薬に溺れるのもいっしょ。違うのは妻です。一心にレイを支えたレイの妻に対し、キャッシュの最初の妻は、生活苦をなじり、生活が豊かになっても、今度は家に居れない夫に噛み付きます。前者は大衆の星であるレイ・チャールズの妻として、夫を理解し支える美談、後者はどこにでもある夫婦の亀裂に感じます。しかしどこにでもあると言う所が、理解はし易いですが通俗的で、後世に名を残すロカビリー歌手である、ジョニー・キャッシュという人が浮かび上がりません。

例えばレイ・チャールズは大衆が望むようなヒット曲を作り続けることに激しい疲れをみせ、それがため薬や酒に溺れるのが手に取るようにわかるのですが、キャッシュの場合、音楽に対しての思い入れがそれほど感じられません。少々プロ意識に欠け、偶然のラッキーだけで人気者になった感じで、実際当時のショービスの世界がそれほど甘かったとは思えません。

しかし、ずっとツアーを共にし、お互い惹かれあいながら、中々結ばれなかったジョニーとジューンのロマンス物だと思うと、これは悪くないお話です。二人とも出会った時は家庭があり、子供がいました。それが紆余曲折を経て結ばれるまでを、カントリーありロカビリーありバラードありで、吹き替えなしの素晴らしい二人の歌声に乗せて描いていて、その点は大成功に感じます。これは主役二人の頑張りに他ありません。

ホアキンは歌が上手いという感じではなく、歌に味があるという感じで、後半になるほど歌が上手くなり、キャッシュの歌い手としての成長も感じさせます。ギターの抱え方がかっこよく、元々演技力がある人なので、情けないキャッシュの様子も繊細さに変えて演じています。本物のキャッシュを知らないのがすごく残念です。ただキャッシュの20歳前後から十数年描いているはずなのですが、年齢の変化が容姿にも演技にも感じられません。特に若い時は少々苦しかったです。

ホアキン以上の頑張りをみせるのがリース。ラブコメの新女王という印象だったのですが、こんなに演技が出来る人だとは思いませんでした。ご自慢のブロンドをブラウンに染め、舞台ではいつも元気でキュートな明るさを求められそれに応じる様子と、楽屋裏では子供と離れ離れで生活する寂しさ、二度の離婚に懸命に耐える芯の強い姿、キャッシュとの心のすれ違いに涙しながらも、子供の姿を目にすると、すぐ母に戻ろうとする泣かせる様子など、リースの演じるジューンは、その張りのある歌声の素晴らしさと共に、愛さずにはいられません。

若々しくてキュートな彼女は、ジュリアでもなくメグでもなく、アメリカ人が大好きなゴールディ・ホーンの系譜ではないかと感じました。何度も「ジューンは美しい」とセリフに出てきますが、私も肯けます。美人ではない彼女ですが、今回内面の美しさも醸し出し、輝くばかりに美しかったです。

キャッシュ家もカーター家も、共に敬虔なキリスト教信者でした。しかし教義を忠実に守っているつもりが、それに振り回され親としての情をなくし、冷たい隙間風が吹くキャッシュの両親に対し、教義に背き二度の離婚を経験する娘を、世間の矢面から守るカーター夫婦は、娘の心を後押ししキャッシュの更正に共に手を貸します。この人達の行動もまた、「隣人を愛する」というキリスト教の教義にのっとったものであったと思います。アメリカ映画によく見られるこの様子は、いかに教義を取捨選択して人生に生かすのか、これは信仰を持つ人の課題なのだと感じました。

この作品のプロデューサーは、ジョン・カーター・キャッシュで、キャッシュとジューンが結婚して生まれた息子です。この作品を観ると、彼は両親、取り分け母が好きだったのだなと思います。いつも自分を見失わず、前向きな正しいジューンですが、ツアーのバスで男性ばかりの中、自分の身を守るためにも深い仲の男性は、夫達以外にもいたはずです。それを描かないのが、返って微笑ましいです。キャッシュの前妻との離婚も、元妻を立てながらも、父にも理解を示します。きっと自分の母がそうであったように、両親の舞台の袖に寝かされて彼は大きくなったのでしょう。そんな両親を愛する息子の気持ちが観客に伝わるのが、この作品を愛せるものにしています。

何故キャッシュの父親が、息子をあれほど嫌ったのかは、近親憎悪ではなかったかと思います。自分と似ていない長男は牧師を目指していました。お金はなくても人助け出来るという理由で。息子ながら、そういう自分にはない崇高な部分に、憧れもあったと思います。いつも流行歌を聴くジョニーは、お酒が大好きな自分の俗っぽさに通じるところがあったのでしょう。だから流行歌で名をなした息子を認められない。ロバート・パトリックが、いい味でこの父親を演じています。

しかし歌は世に連れ、世は歌に連れです。寂しいのはお前だけじゃないと、愛した恋した、憎んだ怨んだ、哀しい侘しい、そして幸せだと、大衆に支持される流行歌を歌うのがキャッシュとジューンです。そんな二人にふさわしい作品に仕上がっていました。本当は息子の素晴らしさが、この不器用な父親にはわかっていたことでしょう。


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