ケイケイの映画日記
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去年の暮れ、「キングコング」の時の予告編に思いっきりそそられて、絶対観ようと思った作品。ラインシネマで観る予定でしたが、日程の都合でナビオTOHOにて鑑賞。公開まもなく観て本当に良かったです。だってまた観られるでしょう?今年観た作品の中では一番好きな作品です。
祖父も父も軍人として出征したアンソニー・スオフォード(ジェイク・ギレンフォール)は、大学進学を悩みながらも海兵隊に入隊します。新兵の訓練はすさまじく、めちゃくちゃなしごきをする上官や訓練に、大学に進学すれば良かったと思うアンソニー。しかし配属先の小隊に手洗い歓迎を受けながらも、しだいに軍人らしくなっていく彼。やがてサイクス曹長(ジェイミー・フォックス)の目に留まった彼は、トロイ(ピーター・サースガード)らと共に、厳しい訓練に耐えた60名の中のわずか8名の斥候狙撃隊に選ばれます。折りしも湾岸戦争が開始され、彼らもサウジアラビアに派遣されることになったのですが・・・。
湾岸戦争版「フルメタル・ジャケット」と聞いていましたが、なるほど、口汚く新兵たちを罵り、虐待に近い訓練をさせる上官の姿は、確かにキューブリックの同作品を思い起こさせます。「ファッキン!○△□☆%#&!」、「お前はゲイか?!」「糞ったれ!」「このうじ虫!」などなど、これ以上のお下品で卑猥な言葉の羅列もいっしょ。まだ30歳前に観た「フルメタル・ジャケット」の時は、あまりの口汚さに引いてしまって、最後まで作品に入っていけませんでしたが、今回「サー、イエス、サー!」と元気良すぎる大声を張り上げるこの猥雑なバイタリティーを持った青年たちの、羨ましいくらいの若さと快活さに、引くどころか好感を持ったのですから、私も年を取ったもんです。
物語の中心は辛い訓練を経て、やっと実戦に出れると浮き足立った彼らでしたが、来る日も来る日も待機の日々。単純ですがしんどい訓練が続けられます。その退屈な日々の中、スオフ(スオフォード)を中心に、残してきた妻子や恋人への思い、いつ前線に出るのか張りつめる心、いったい自分は何をしに海兵隊に入り、こんなところにいるのだろうかという、自分の存在の意義や意味に葛藤する様子が、昼は気温が45度になる砂漠で段々追い詰められていく様子が、リアルでコミカルで痛々しく描かれます。
「ジャーヘッド」とは、海兵隊のこと。丸刈りや頭が空っぽの意味もあります。本国からインタビューに来たテレビ局には、「アメリカの正義のため頑張りますとだけ言え」とサイクスに言われた彼らですが、そんなもん本心じゃありません。あげく画像のように激熱の中、細菌から身を守る防御服がいかに性能が良いか見せるため、フットボールまでやらされる始末。腹いせに彼らがクルーの前で始めたのが、半裸になり男同士で「レイプごっこ」です。モノがモノですから嫌悪感を持ってもいいはずが、見ている私も、もっとやれーと、やんやの喝采を贈りたいほど気分が晴れます。他の乱痴騒ぎを見ても、何故か微笑ましいのです。ここまでバカになれたら立派なものです。女性はここまでは無理。ジャーヘッドにならなきゃ、とてもやってられない場所と言う訳ですね。ここまでバカやれて、男っていいなぁと素直に思いました。
スオフは家庭に恵まれないものの、進学以外に働くことも出来たはず。他の隊員もお金の問題もあるでしょうが、「最高の生き方がある、そう信じて僕は戦場に向かった」というコピーは、アメリカの中流以下の若者の、軍隊に対しての考えを表しているのでしょう。そこには、戦争も第二次大戦を繰り返し描く他国と違い(それ自体は良いと思います)、アメリカはベトナム、湾岸、そしてイラクと、日常生活と背中合わせに戦争があります。軍隊に入ることで何かを見つけたいと願う気持ちは、そんな国に生まれたからに他なりません。
サイクスは「年収10万ドルの仕事を捨ててここにいる。何故だと思う?この仕事が好きだからだ。海兵隊に居れて、毎日感謝している。」という、聞き様によっては恐ろしい言葉を吐きます。しかし年収は10万ドルでも、黒人のサイクスは生きている実感を、その仕事から得ていたのでしょうか?サイクスが生きがいを軍隊に求めていることに、根強い人種差別を感じました。
戦闘場面は少なく、油田の炎上がありますが何故か美しく感じます。これは大爆発が起こるぞ、と思うと笑ってしまう出来事で済んだり、敵だと身構えると、身内のパーティだったり、緊張と弛緩が行ったり来たりの様子も面白かったです。この作品は実際に湾岸戦争に行った人の手記が原作で、実際はそうかもなぁとリアリティを感じました。
ここからネタバレ(以降にも文章あり)
結局実質彼らが前線に出たのは四日だけ。それも敵が殺戮を行った場所を俳諧しただけでした。そして一人も殺さず一発も銃も撃たず。命令が中止になり、狙撃出来なくなったトロイが、「お願いだから撃たせてくれ!」と叫び狂うのが強く印象に残ります。トロイもまた、海兵隊で生まれ変わりたかった人間です。その証として「殺人」がしたかったのでしょう。あまり反戦は見受けられない作品でしたが、彼の狂気めいた様に、戦場にいることの怖さを感じました。そして除隊後亡くなった彼が棺の中で、みんな長髪に戻す中、一人軍隊の残骸である丸刈り姿だったのが、堪らなく哀しかったです。
ネタバレ終わり
監督のサム・メンデスはイギリス人です。(ケイト・ウィンスレットの旦那さん)。「アメリカン・ビューティ」でも、中流の家庭を通して、親子の断絶、夫婦不和、不倫、同性愛、リストラ、ドラッグなど、ブラックなユーモアとシニカルな目でアメリカの病巣を表していましたが、夫の背広を抱き泣きじゃくる妻で終わるラストは、決して突き放した目で見ていたとは思いません。この作品も同じです。戦争を題材にしながら、反戦がテーマではなく、選択肢の少ないアメリカの恵まれないの若者の苦悩を、冷静ですが暖かい目で見守っていたと思います。
演技陣はもうみんな最高!ちょっといけてる坊やくらいに思っていたギレンホールですが、ヤンチャで熱いスオフそのものの感じで、何故オスカーの主演男優賞候補にならなかったのか不思議。サースガードも、繊細で演じるのが難しいトロイを上手く表現し、出演作品全てに強い印象を残し、もうじき主演作品も観られることと思います。ジェイミー・フォックスの憎たらしいけど求心力があり、頼りになる上官は、私はオスカーを取った「レイ」の彼より良かったです。
他の新兵たちもみんなみんなとても良かったです。私がこの作品を大好きなのは、下品でバカなこの子達を、とてもとても愛しく感じたからです。拍子抜けして帰国した彼らですが、きっときっと、誰も殺さなかったことに感謝する日が来るでしょう。そういう人生を送って欲しいと願わずにはいられません。
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