ケイケイの映画日記
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2006年01月31日(火) |
「スパングリッシュ」 |
「愛と追憶の日々」や「恋愛小説家」などのジェームズ・L・ブルックスが監督の家庭を舞台にしたハートフルコメディ。ブルックスは忘れられているかもしれませんが、私は「ブロード・キャスト・ニュース」も大好きでした。病み上がりでテアトルまで行った甲斐があったというもの、移民・裕福だけど危うい家庭・母と娘・夫婦など、私には思い当たるキーワードがいっぱいで、個人的に100点満点の作品です。
娘に今より良い生活をと、シングルマザーのフロール(パス・ベガ)は娘クリスティーナ(シェルビー・ブルース)を連れて、メキシコからロスアンジェルスに渡りました。懐かしい故郷の人々が多く集う町に住み働いていたフロールですが、良い収入を求めてロクに英語もわからないのに、白人家庭の家政婦をすることに。訪れたのは裕福なクラスキー家。優秀なシェフのジョン(アダム・サンドラー)、良い人だが情緒不安定の専業主婦のデボラ(ティア・レオーニ)、性格の良い姉のバーニー(サラ・スティール)とおっとりした弟、デボラの母で昔ジャズ歌手だったエヴェリン(クロリス・リーチマン)の五人家族でした。一見幸せそうなこの家族は、実は色々な危険をはらんでいました。英語が話せないながらも、気立ての良さで一家にはなくてはならない存在になったフロールは、夏のバカンスにも娘を連れて同行してくれと懇願されます。仕方なしにOKするフロール。しかし美しく賢いクリスティーナを、デボラが気にいってしまうことから、様々な波紋が広がります。これは言葉の壁だと理解したフロールは、一念発起して英語を猛勉強するのですが・・・
「スパングリッシュ」とは、アメリカに住むヒスパニッシュの人々が話す英語とスペイン語が混濁した言葉だそうです。幼い時在日のお年寄りが話す、日本語と韓国語の入り混じった言葉を周囲でたくさん聞いた覚えがある私は、この「スパングリッシュ」というタイトルにまず魅かれました。
私も言わば移民の末裔のような者。クリスティーナは私にとっては両親の子供の頃です。両方の言葉を操れるけど、小さい時離れた、貧しい故郷より、繁栄発展しているアメリカに憧れているクリスティーナ。そんな彼女に、華美な面だけを見ている事を危惧し、時には子供の心を押さえつけてもラテンの心をしっかり根付かせようとするフロール。まず自分のアイデンティティーをしっかり確立しないと、他国で暮らすには自分を家族を見失ってしまうからです。ラテンの人や韓国人は楽天的なので、馴染むのも早いでしょうが、勤勉でおとなしい日本の人が、ハワイやブラジルに移民するのは、もっと大変だったのではないかとも思いました。
情緒不安定で躁鬱か神経症にしか見えないデボラ。直接のきっかけは経営していた会社が倒産したことでしょうが、もっと根深い物があるのは一目瞭然です。家族を自分の枠にはめたがり、それから少しでも外れると神経の糸がプツンと切れてしまう彼女。しかし出口のない迷路でさ迷っている、このエキセントリックな愛されたい女性を、私は好きなのです。私の親もお世辞にも良い親とは言えず、子の理解なくば愛の見えない人たちです。私もこの人だったかも知れないと思うと、堪らない気持ちになるのです。
のちの展開で実母との長年の確執を乗り越えられなかったことが原因の一端とわかります。きちんと愛された思いがないのでしょう。「みんなママのせいよ!」となじる娘に、過去を謝り小さい子のように中年の娘を抱きしめるママの暖かさよ。ここまで来るのに、この母にも長い年月が必要だったのだと思うと、涙が出ました。「あなたの役に立つのが嬉しいの」。役に立ちまくってもう子供には何もしたくない私も、きっと後30年も経てば、この言葉がわかるのでしょう。
親のせいにするのは簡単だし、気が楽です。だって本当のことなんだし。でも責めっ放しでいいの?責めっ放しだから、あの時の大嫌いなママと同じ女に自分がなっていると、デボラは気づきません。自分と母の関係が、次は娘と自分に受け継がれているとは知る由もないデボラですが、エヴェリンの深い愛情で、きっとバーニーに心から謝る日がくるだろうと思わせます。必ずバーニーは許してくれるはず。彼女ほど親が誇りに思える優しい娘はいないのですから。
「あんな良い亭主はどこを探してもいない。早く目を覚ませ。」とエヴェリンが娘に言うジョン。腕の良いシェフ、仕事場でも人望厚く、家庭に置いては信頼の置ける大黒柱である彼。しかし彼が以前の高級四星ホテルを辞めたのは、忙しすぎて妻が崩れていく時支えてやれなかったので、家庭がこのようになってしまったとの悔恨があるように感じられました。でないと説明が付かないほど良い人なのです。演じるのが人気者になってもやぼったさの取れないアダム・サンドラーなのが、ジョンをより誠実で正直な人に見せていました。
いくら亭主がおとなしいからって、こんな若くて綺麗でグラマーな家政婦さん、あんた夫をバカにしすぎよ、何があったって知らないからね、と思った通りのことも起こるのですが、常に娘にとって正しい親たる自分を一番にしてきたフロールの選択は、正しいけれど切ないものです。エヴェリンが「私は自分のために生きた。あなたは娘のために生きた」のセリフの後、フロールに語る言葉は、てっきり「あなたは立派よ。」だと思っていた私は、「両方ダメね」に思い切りニヤリ。さすが婆ちゃん、年季が入ってる。自分を一番優先する母はもちろんダメ、しかし子供しか目に入らぬ母もいけないと思います。そんな母を持つ子は、親の恩の重さに、飛びたい時飛べぬように思います。必ず母も子供も、両方幸せに生きていける道はあるはずですから。
しかし長い親子関係の間、母親が子供だけを見つめ、子供だけのために生きることは、二方にとって必要なことだと私は思います。それが小学校卒業までか、15歳か18歳か、それはその親子それぞれでしょう。それを立証しているのが、ナレーションを務めた成長したクリスティーナであったと思います。「親には冒してはいけない罪がある」。このフロールの言葉は忘れないでおこうと思います。
パス・ベガはスペインの女優さんで「トーク・トゥー・ハー」での「縮みゆく男」に出ていた女優さんです。とっても素敵!心身から健康と美しさの溢れるラテン女性を大変好演していて、これがハリウッド・デビュー作です。文明の遅れているメキシコの田舎出身の彼女が見せる、人として正しい姿は、豊かになり価値観が多様化していくと、誠は何かわからなくさせるような気がしました。ベガ以上と言っていい好演がティア・レオーニ。何も賞を取らなかったみたいですが、すごい大熱演です。少々暑苦しくもありますが、私はすっかりレオーニを見直しました。そしてもう死んだと思っていた(すみません、すみません!)オスカー女優のリーチマン。齢80にしてアル中のお婆ちゃんを愛を込めて演じて、これまたすごくチャーミングでした。他は「恋愛小説家」に続き、犬の使い方が楽しいです。
多分地味過ぎてヒットしません。でも私にとっては過去も現在も愛しく抱き止められ、未来に希望をもたらす一生忘れられない作品です。映画をたくさん観るのは、名もないこういう一本に出会うため、そんな気にさせる作品です。
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